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「喧嘩したァ?」
武田が頓狂な声を出す。
フン、と不機嫌そうな顔をして椅子に座るのは峰田。
頬には痛々しい大きな湿布が貼られている。
その真反対に座る遠田にも同じ様に湿布が貼られている。
「なにがあったの?普段仲良い遠田と峰田が珍しいね」
優しい声が遠田の方から聞こえる。
機嫌の悪く入ってきた二人に配慮して向こうに柳川と玲奈ちゃんと春樹ちゃんが居る。
こっちには、小川と武田と私。
「…普段は、な。あいつ最近うるさいんだよ」
「は?お前が!」
ガタン!と大きい音がして机が倒れる。
「ふ、二人とも、」
慌てて止めようとすると極まり悪そうに二人とももう一度座る。
「物に当たんな。あと大きい音出すな。山田と、あと地味に小川がビビんだろうが」
指を立て、二つの指を峰田に見せつける武田。
「僕はびびってない!よ!」
ぶんぶんと頭を振る小川だが恐らく気を遣ってるんだろう。
小川はとても優しいから、その場の雰囲気を壊さないようにする。
それに対して私は大きくびく!と反応してしまった。
「どっちか冷静に物事だけ説明出来ないの?このままじゃ堂々巡りよ」
「そう!ゆっくりで良いから話してみたら解決出来るかもよ?私達も手伝うから!」
玲奈ちゃんが難しい顔をして腕を組みながら話すと春樹ちゃんがそれに追加する。
「…こいつ、また夜に抜け出して警察に補導されたって」
「それは…ええっと…」
遠田は元気が良い。
人を傷付ける事はあまり無いが時々夜中に外にいて警察に補導される事がある。
夜は怖いしとても危険なのでみんなで駄目だよ、と怒っても頻度が減るのみで家を抜け出すことに変わりは無い。
何か理由が有るんだろう、キツくは言わないでやろうと言ったのは柳川だったか小川だったか。
それでも、この前警察に保護されたと聞いたのはたったの2日前。
黙っていたらバレないのに、きちんと言うのは遠田が優しいからか。
「山田、言ってやって。」
「えぇ…私…?」
あまり強い物言いができないので私は適任では無いと思うが、峰田に言われたし一応チャレンジしてみる。
遠田の方に近寄り、座ってる遠田の目線に合わせるように床にしゃがみ手を握り目を合わせる。
「えっと、ね、遠田がなん、なんで夜にお散歩するのが好きなのかは、わかん、ないんだけど、それでも夜、は悪い人が多いし、怖いよ。私達、は、遠田が怪我し、しちゃったり連れて行かれちゃ、たりしたら本当に悲しい。だから、えっと、みんな心配、してるから。一人じゃ、ないからね。何か困ったり、危ない事してるなら、教えて、ほしいな」
あまり喋るのは好きじゃない。
原稿を読むならこうはならないのだがどうも人に言うとなると吃音癖が酷くなり、ゆっくり話さないと何を言っているのかわからなくなる。
「山田、そうじゃない…」
「そうよ。みんな結局口にしないだけで心配してるから怒ってんのよ。あんた、みんなに心配かけるなとは言わないけど理由くらい教えらんないの?ここがみんな優しいのは知ってんでしょ。解決はできなくても案くらいは出すわよ」
峰田が頭を抱え口にした言葉に腕を組んだ玲奈ちゃんが口を挟む。
「…みんなに、言ってもどうしようもないよ」
流石に反省してるのだろうか、小さくぽつりと遠田が呟いた。
「辛い事は半分こできるよ。話したら気分も軽くなると思うし、話してみたら?話したくないならそれで良いから。」
小川が圧を感じさせない優しい言葉を掛ける。
「ここまでみんなに言わせてんだ。知りませんはいそうですかで返せねェぞ。男なら突き通せ、遠田ァ」
武田がすごむのを無理くり止める。
話したくないならそれでいい。結局は私が勝手に心配してるだけなのだから。
「いや、言うよ。山田ありがとう。」
武田の口を蓋してた私の手を優しく離し立ち上がる。
一時間目は自習なので先生は来ない。
壇上に上がった遠田を見て、みんなが静かに席に座る。
「その、俺ってさ。いつもサッカーで色んな所行ってんじゃん。」
遠田はサッカーが好きで、本当に上手い。
国内は勿論、国外に練習に呼ばれたり試合に呼ばれたりすることも珍しくない様な選手だ。
遠田がぽつぽつといない事は数ヶ月経った今日常と化し、休んでいた分のノートなどをみんなで放課後纏めて見せてあげたり、無事を祈るように手紙を書いて机に入れることもあった。
「まあそのせいでみんなにも迷惑掛けてんだけどさ。家に帰る事が少なくなりすぎて、母さんとどうして接しているのかわかんなくなっちまって。…俺、迷惑かけたくないからどこ行くにも全部自分で準備するし、一人で行くし。それが裏目に出たのか、どこか他人行儀なんだよ。母さんが。それが…それを、見るのが辛くなった。弟は、サッカーをやってない。母さんの愛情を独り占めできてる。それを家の中でひしひしと感じて…家にいるのが嫌んなった。弟は俺の分の愛情まで奪ってる、とか考えたくなかったし…」
声が小さくなり下を向く遠田に、静かになった。
誰も喋らなくなった教室に、雨音のみが嫌に響く。
私が、何か、何か言わなきゃ。
「と、遠田は、お母さんが大好きなんだね」
「…え?」
みんなの目がこちらを向き居た堪れなくなる。
「だ、だって、お母さんが、好きだから、お母さんにも好きって言ってほしいって事じゃないの…?」
シン、とまた静かになる。
「そう、なのか…?」
「えぅ、え、あっ、え…そう、なのかな…?」
まん丸の目がこちらを向きどもってしまう。
「紗季、いい事言うじゃん!そういう事よ、難しく考えすぎ。」
春樹ちゃんが遠田に近寄りばしん!と力強く背中を叩く。
「ま、犯罪に加担してないだけマシね。なんで黙ってたのかは知らないけど、もっと早くどうにか出来そうだったんじゃないの?」
これ、と玲奈ちゃんが目線を向けた先には黙ったままの峰田。
「み、峰田…」
遠田が呼ぶが、それに返事する事なくズンズンと近づく峰田。
「え、」
「ん?」
ゴツ、と鈍い音がしたと思ったら、遠田の口から血が出ていた。
「なんで!なんでもっと早く言わなかったんだよ!なんでもっと早く頼ってくれなかったんだよ!」
泣いていた。
峰田が、いつも明るい峰田が泣きながら怒っていた。
「俺はそんなに情けないか!?頼りないか!?お前に!一人で抱え込ませるくらい俺は貧弱だと思われてんのか!?」
胸ぐらを掴みながら怒鳴る峰田を止めようとする武田の手を掴んだ。
「っ山田」
「ぶつからなきゃ、いけないときも、ある」
殴るのは痛いし怖い。
ただそれをわかりながら黙って受け止めている。
それを中途半端に止めて、言いたい事も言えないままになるくらいなら、思いっきり喧嘩した方がいい。
「…二人だけの責任ってわけにもいかないよね。僕らも、見ないフリしてたんだから」
小川がぽつりと思案して外れやすくなっていた窓ガラスをがたん、と外す。
「みんなで喧嘩しましたって言うのはどう?みんな怒られて、遠田は更に俺らにも怒られる。痛み分けってやつでどうかな。」
武田、行ける?
おう、という不審な言葉と共に激しい音がなる。
「な、な…」
玲奈ちゃんがわなわなとしている。
そりゃそうだ、外したガラスを武田が足で割ったのだから。
「下に置いたからそんな散らばってないけど一応ホウキでまとめとこっか。ほら、紗季手伝って」
「あ、え、うん!」
春樹ちゃんに連れられて私もほうきを手に取る。
「馬鹿やるにはみんなでやらないと。それにもうちょっとでここのガラス変えるって言ってたし丁度よかったね。」
小川がほけほけと笑うのを見てはあ〜っと溜息を大きくついた玲奈ちゃん。
「死なば諸共…って訳にはいかないけど。判ったわよ。私も気持ち切り替えるわ。私が報告してくる。」
「あっありがとう!」
「…玲奈も此処に染まってきたねえ」
「春樹ちゃん…」
にやり、と笑う春樹ちゃんはとても悪役顔だがそれが似合ってしまうほど美人さんなので辛い。
「それで、終わったの?」
柳川が優しく聞くとまだぐすぐすと鼻を鳴らす峰田が答える。
「一応すっきりした。お前、今度家が嫌になったら俺んとこ来い。」
びし、と峰田が遠田の方を指差す。
「それは…」
「迷惑、とか思うかよ。うちは五人兄弟なのは知ってんだろ。今更一人増えたって誰も何も言わねえよ。」
「実際僕もよく泊まってるしね」
柳川の加勢にじわりとまた涙を浮かべたのは遠田で。
「ご、ごめん、ごめん、な」
溢れ出る涙を手の甲で拭う遠田はいつもの自信ある感じではなく、世界を駆け回るスーパースターでもなく、唯々1人の男の子だった。
「みん、なに言おう、かと、思って、たんだけど、迷惑かなって、俺は、柳川みたいに優しい理由でも、何でもなくて、ただ自分勝手なだけだったから、嫌われるのが、怖くてこんな、事で悩んでんのが馬鹿らしくて、」
「そんな事無いと思うけどなぁ。男の子って割とプライド高いのね」
春樹ちゃんがぽん、と背中を優しく叩く。
「みんな、迷惑かけて、ごめん、それで、あの」
嗚咽を漏らしながらも言葉を紡ぐ遠田の声をじっと聞く。
「みんな、本当にありがとう」
「円満解決か?」
「そうです。なのでみんなで今から掃除をします。」
がらりと入ってきた担任、海口先生は全てを理解していた様でにこにこと笑っていた。
「いやあ、大西からみんなで喧嘩したって聞いたからなぁ。それにしても派手にやったなぁ」
「え?」
後ろを見ると、小川が棚をひっくり返した後だった。
「そこまでする必要あったかァ…?」
訝しむ武田と一緒に棚を起こして、みんなで片付けをした。
それから遠田は、時々峰田の家に行ってるらしい。
らしい、というのは会話の端々に峰田の家の話が出てくるからだ。
昨日峰田の妹が、とか。
一昨日峰田のお兄ちゃんと、とか。
勿論遠田の問題は完全に解決したわけでは無い。
ただ、ゆっくりではあるが話し合ってはいるらしい。
今すぐに、とはいかないがいつかは遠田も峰田の家に泊まることは無くなるのだろう。
それは別に急がなくていい。
ゆっくりと、花が開く様に、問題は解決していったらいい。
焦ることはない、時間はたくさんあるのだから。
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