夜摩王のオ役所

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夜摩王のオ役所

「――ろ、六波羅(ろくはら)市より出向してきました、篁野々花(たかむらののか)です!」  わたしは今、ものすごく緊張してる……いや、緊張というより、この感覚はむしろ恐怖と呼んだ方がいいのかもしれない。  なせならば、だだっ広い中国風の宮殿のような建物の中央にぽつんと一人立って挨拶をするわたしの前には、まるでビルの如き巨大な机がそびえ立ち、その背後にはやはり中国風の衣装を身に纏う、普通の人間の何倍もの大きさがあろうかという閻魔大王並びに二人の書記官がどどーんと居並んでいるのだ。  そう……ここは地獄の一丁目…いや、何丁目かは知らないけど、かの有名な閻魔王庁なのである。 「うむ。話は聞いておる。よくぞ参った。知っての通り、ここには亡者がひっきりなしにやって来るので猫の手もほしいくらいだ。よろしく頼むぞ」 「よ、よろしくお願いします!」  巨大なドングリ(まなこ)で頭上より見下ろされ、ずずーんと腹に響くような恐ろしげな声でそう言われると、わたしは思わずピーン! と背筋を伸ばし、直角に腰を曲げてお辞儀をしてしまう。  実際この場に立ってみると、威圧感ありまくりな閻魔大王に裁かれなければならない亡者達に同情の念を禁じ得ない。 「聞くところによると、あの小野篁(おののたかむら)の子孫だそうだな。なんとも懐かしいものだ。もうかれこれ1200年ほど前のことになるか……」 「はあ、まあ、家の言い伝えによればそのような話でして……遠い昔すぎてほんとかどうかもわかりませんが……」  続けて、やはり恐ろしげな声ながらもどこか遠い日を懐かしむかのような眼差しをして呟く閻魔大王に、わたしはもう何度となく人にそう答えて、いい加減、飽き飽きしてるその台詞をまたも口にした。  大王様が今言ったわたしのご先祖さま(らしい…)・小野篁とは、平安時初期の貴族で文才に明るく、法律にも詳しい有能な官吏だったが、その才覚をもって昼間は朝廷に仕える一方、夜は井戸を通って地獄の閻魔王庁にも出仕していたという伝説のある人物だ。  いや、その一緒に働いてた閻魔大王本人が懐かしんでいるのだから、最早、伝説ではなく史実であるらしいんだけれど……。  ともかくも、あの世へと通じる洞窟へ入ると三途の川も舟で渡り、はるばるこんな所にまでわたしが来ているのもそのご先祖さまのせいと言って過言ではない。
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