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あれは8年前。
近所の家から児童虐待の疑いありの通報を受けて、ある家庭を緊急訪問した。
玄関で呼びかけても、中々扉を開けてくれない。
しかし、家の中からは打撃音と怒鳴り声が響き渡ってくる。
この状況で、ドアを破って中に入れないなんて…
怒鳴り声と打撃音はさらに酷く大きくなっていくばかり。
もはやグズグズしてたら、手遅れになるかもしれない…
規則がどうだの言ってられる状況とはとても考えられず、同行した同僚職員の制止を振り切って、玄関扉を蹴破って家の中に入った。
掃除も何もしていない、悪臭漂う乱雑極まる室内の向こうの台所で、小さな子供を殴りつけている中年女の姿がいきなり目に入った。
全速力で走って台所まで行き、小さな子供の前に、ただ無防備で立ちはだかった。
中年女の拳を握った手が、こちらの顔に降りかかった。
いきなり殴られた格好になったが、痛みに堪えながらも、すぐにその手を掴んで制止した。
「早く!逃げなさい!」
血を流して立っている小さなその子にそう叫んだが、何故か動かない。
「早く!」
何やら喚きながら暴れ回る中年女を押さえながら、そう叫んだが、その子は動かなかった。
仕方なく、その小さな子を抱え上げて、全速力で反対側にある玄関の方に走りに走り、なんとか家の外に脱出した。
外に出て、小さなその子の顔を見ると、顔中に傷跡があり、血塗れになっているのがすぐにわかった。
「ど、どうするつもりですか?」
同行した同僚職員が右往左往しながら、そう聞いてきた。
「ここにいたら危ない。連れて行くよ」
「い、いや、そんなことしたら…」
「それしかないだろ!」
すぐに、ここまで乗って来た車にその小さな子を乗せて、同僚にも乗るように言い、中年女が血相変えて飛び出して来た時にはその場から走り去る事が出来た。
「こ、こういうやり方は、色々と問題が…」
同僚職員は、たぶんこちらのことを心配してそう口にしたのだろう。
「あのまま殴られ続けたら、この子は死んでしまうぞ。そんなことさせられないよ!」
車のスピードを上げて、救急病院を探し出し、病院に直行した。
自ら応急処置で止血だけして、病院の待合室でひたすら診察を待った。
診察の結果、それほどの大怪我ではないことがわかり、少しホッとした。
すぐに頭に包帯を巻いた小さなあの子と面会したが、入院するほどではないとわかり、さらに安心した。
児童相談所のやれることは限られている。
今自分がやってる行為だって、職務規定違反になるだろう。
だから児童相談所でこの子を預かれるかどうかわからない。
しかし、あの児童虐待を日常的に繰り返していると思しき鬼畜のような母親のところに、この子を返すわけにはいかない。
児童相談所に小さなその子を連れていくと、やはりここでは預かれないという話になった。
だが、あの児童虐待を繰り返す母親のところになど、この子を返すわけには絶対にいかない。
意を決して、小さなその子を、自宅で匿うことにした。
児童相談所からその子を連れて出る時、同僚職員が、職員としては極めて当たり前な忠告をしてきたが、児相の判断が子供をあの母親に返すというものになったから、それは出来ないと自主的に判断したまでだった。
だが、その子を家に匿い、生活の世話をし始めて3日もすると、その子は意外にも、
「お母さんに会いたい」
と言い出した。
しかし…
結果は見えている…
それは出来ないと、その子には伝えたが、
それからずっとその子は、
「お母さんに会いたい」
と繰り返し言った。
その後、その子をあの母親の元に返すことになってしまったが、母親はこちらを児童誘拐、拉致監禁の容疑で訴えてきた。
児童相談所は、職務規定違反をし、子供を自宅に連れ去ったのも事実だから、こちらを擁護をする筋合いは何もなかった。
警察がやって来て、児童拉致監禁、誘拐の容疑で、本格的な取り調べを受けることになった。
なんとか児童虐待の通報を受けての対処であった事情が鑑みられ、不起訴にはなったが、児童相談所は解雇されることになった。
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