宙すずらん会病院

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宙すずらん会病院

ドッキングハブに仲介者の手配したスペースポニーが泊まっていた。いわゆる棺桶だ。詰め込まれる前に酔い止めを吞まされた。 AIの選んだ往路は乱暴かつ短絡的で宇宙の星がふぶき、地球が天蓋を23周した。 メロメロになった咲子を遠心力の地獄が出迎えた。SF映画にありがちな巨大ドーナツが5つも串刺しになっている。 気閘をスカートにスニーカーといった軽装で通過できるほど科学は進んだが人間工学が追いついてない。 ガラスの床越しに見る付着した街並みは咲子の上下左右感覚を完膚なきまで破壊した。 内耳の囁きに従って孤独な探索をする羽目になった。陽性者の扱いはこんなものだ。 因果律に抗い自然法則(だいうちゅうのいし)に背く正体不明の精神生命体が猖獗を極めている。 彼らは人類の天敵であり、悪意を持って事故や災害の発生確率を増幅する。ゆえにいわゆる雨女や貧乏性は感受性が高い危険人物とみなされる。 不遇に負けて犯罪や自殺に走る者が多い中、咲子は生まれの不幸を呪いたくなくて、福祉職に就いた。 厚生士は社会病理が生み出した自己免疫なのかもしれない。仲介者は音声案内だけで誘導する。先天性方向音痴の咲子にとって地獄だ。 特別法定終末者の病棟はケアホームの三分の一を占めている。そこまで数え切れないほどの検疫をくぐり抜け、ようやく本人の区画へたどり着いた。 「社会福利厚生士の野末咲子さんですね?」 「はい。宙すずらん会病院の野末です」 女医に問われてフリーランスとは言わない。形式上は前職関係者の紹介を装う。違法スレスレの業務だ。 そして、ここの壁にもAAAEDがある。 「お気づきになりましたか。『彼女』もまたあれの犠牲者でしてね…」 視線が女医と黄色い箱を往復する。 「犠牲者だなんてとんでもない! 本気でそう言ってるんですか」 これは重症だと咲子は判断した。仕方がないこととはいえ、誰かが貧乏くじを引かねばならない。彼女でなければ、咲子が、それとも別の女が十万トンクラスの造船ドックに収容されている。 だからAAAEDは受け容れなければならない。基本的人権や倫理綱領をきれいごとに貶めてでも。 頭ではわかっている。わかってはいるけど、万人の承諾は得られていない。 「彼女は本気ですよ。今からでも面会できますが?」 咲子はこくりとうなづいた。
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