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Honesty is the right choice
生真面目で誠実な一人の男があった。名前は一郎(いちろう)と言う。彼はA産業の入社試験を受けている最中である。A産業は誰でも名前を知っている一流企業で、鉄鋼、運輸、飲食、製造など、業務は多岐に渡る。
一郎の就職活動は艱難辛苦の連続、理由は彼が通う大学にある。お金を払えば入学させてもらえるし、卒業もさせてくれる、偏差値の高くない三流大学に通っているからである。このような大学出身の学生は企業は門前払いにしてくる率が高い。筆記試験で落とされるなら自分の力不足を反省し研鑽を重ねればいいのだが、大学名で落とされるとなるとどうしようもない。それを証拠に資料請求をしただけで「不採用通知」を送り返してくる企業もあるぐらいだ。一番多いのは書類選考のために履歴書を送付しても直様に帰ってくるパターンである。
そんな大学であるせいか一郎は就職活動も苦労していた。そんな彼であるが、一念岩をも通す。一郎の大学からでは到底入ることが出来ないような一流企業であるA産業の書類選考、一次面接、二次面接を突破し、最終面接へとコマを進めることに成功したのだった。
一郎は最終面接に臨むためにA産業の控室にて他の就活生と共に待機していた。彼は緊張し表情が引き攣り固まっている。そんな一郎に一人の就活生が話しかけてくる。
「よ、緊張してるねぇ」
こういうところも監視カメラで見られているかも知れないのに…… なんてフランクなやつだ。一郎は「お気遣いなく」の意味を込めて一礼する。その男の名前は二朗(じろう)、彼は緊張なぞしていないかのように自分は大学でマーケティングを学んでいるだの、夜の店で店長もしているだのと言った自慢話をペラペラと一郎に話しかけてくる。終いには面接では「わからないは禁句だぜ? 何でもいいから答えておけ」と、ありがたいアドバイスまでする始末。一郎は「鬱陶しいなぁ」と、思いながら適当にコクリコクリと相槌を打っていた。
「俺、帝都大学出てるんだけど。君は?」
ああ、日本で一番入るのが難しい一流大学の方ですか。一郎のコンプレックスが爆発する。
一郎も帝都大学を受験したのだが、試験日当日に熱を出してしまい試験を受けることが出来なかった。そこから体調不良に体調不良を重ね、滑り止めの大学の受験まで不合格の憂き目に遭ってしまった。最後に辿り着いたのが三流大学。その挙げ句の果てが就職活動の苦労。コンプレックスを拗らせるのも仕方ないだろう。
「帝都産業大学」
二朗は首を傾げた。そんな大学なんて知らないと言う無言のサインである。あなたのような日本で一番有名で入るのが難しい大学生様からすれば、僕の通う帝都産業大学なんてゴミカスのようなものですよ。一郎の拗れに僻みが足されるのであった。
すると、控室の扉のノックが鳴った。面接の呼び出しである。今日の最終面接予定は一郎と二朗のみ。まずは二朗が呼ばれた。
「じゃ、お互い頑張ろうね」
二朗は一郎の肩をトントンと叩いた。二朗からすれば「一緒に働けるといいね!」と、言った感じのエールの意味が込められていたのだが、一郎にその意味は伝わらなかった。
三十分…… 一郎は待機室で待たされた。志望動機、自己PR、大学の四年間で打ち込んだこと、どのような仕事をしたいか、自分がここでなにが出来るか…… などと言った面接のテンプレート素材のような質問の数々の内から何を聞かれてもいいように何度も何度も一郎の頭の中で連日頭の中で考えてきた答えが巡り回りリピートされる。インターネットで検索して出てきた「いい子の答え」や就活の面接本に書いてある「優等生の答え」ではない自分の答えをこの日のためにずっと考えてきたのだ。一郎の緊張は極地に達しつつあった。
ここから更に十分が経過し、四十分が経過…… 控室の扉のノックが鳴った。
来たか! 一郎はパンパンと強めに両頬を叩き気合を入れるのであった。
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