雨が降るから

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雨が降るから

 強く窓を打つ雨が全ての音を消して響く。次々ぶつかる飛沫は大きな硝子を曇らせて内と外との繋がりを断つ。だから終わらない饗応は激しさを増すのだと真琴は思った。  明かりの無い薄暗い部屋。厚く積もった埃の饐えた臭い。建て付けの悪い窓枠はガタガタと鳴って不安を煽る。  不安を覚えるのは後ろめたいからだ。これが間違いだと知っているからだ。  雨と硝子の悲鳴が掻き消してくれるのを良いことに、真琴は声を上げる。抑えられた相手の低い呻きをもっと引き出そうと腕を伸ばす。  激しい雨は止む気配が無い。もっと降ればいいと真琴は思う。何もかも消してほしいと願う。いっそのこと硝子を突き破って真琴たちを打ってくれればいい。  街中で偶々知人に出会った真琴は、突然の夕立に偶々廃屋の軒先を借りた。偶々扉の鍵が壊れていて、ゲリラ豪雨と化した雨粒の脅威から逃れる為に偶々中に入った。散らかった暗がりで真琴が偶々躓き、偶々そこにあったベッドに押し倒される形で二人は転がった。  偶々相手は恋人と激しい喧嘩をしたばかりで、真琴は偶々親友の恋人が好きだった。  そんな偶然ある訳がない。廃屋のベッドに真っ新なシーツが掛かっている筈がない。  それに気づかないなんて相手は相当な間抜けだし、気づいていて流された振りをしているのならロクデナシだ。それでも真琴は悦びに震えた。  こんなことをしてはいけないのは分かっている。  それでも降り頻る雨が。闇に響く湿った音が。どちらのものかも分からない獣のような呻きが。確かな身体の奥の熱が。真っ当な思考に蓋をする。  いけないから何だというのだ。許されないのなら、二度と再び触れることが出来ないのなら、今のこの一時をひとしずくも無駄にしたくない。  だから雨音と競うように叫び、雨粒に負けないくらい打ちつけ合って互いを壊そうとする。  甘やかな吐息や嘘くさい囁きはいらない。役に立たない幻よりも、真琴は確かな痛みが欲しい。  雨は箍が外れたように窓を打ち、時折稲光が黴臭い部屋を照らす。一瞬の閃光が理性も無く縺れ合う獣を映し出す。吹き付ける風に揺れる窓が、醜い咆哮に被さって煽るように鳴る。  いっそ壊れてしまえばいいのに。  雨が降る。  全てを覆い隠して。何もかもを掻き消して。    やがて日が照って、残さず暴き出してしまうまで。  
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