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 真夜中になっても明かりの消えない高層ビル群。なかでも50階はあろうかという建物の最上階で、悲鳴が響いた。 「頼む! 命だけは助けてくれ!!」  広いオフィスの真ん中で、ダブルのスーツを着た男が、血だらけの頭を床に擦りつけ泣き叫んだ。  彼が必死になって懇願する相手が目の前に立っていた。細身で背が高く、清掃業者風の作業つなぎに身を包んでいる。男の袖と胸元が一面、返り血で真っ黒に染まっていた。 「巨大IT企業の社長も、そうなると無様だな」  男は軽蔑したように鼻を鳴らすと、右手に持っていたアーミーナイフを革製の鞘に戻した。 「命まで取りに来たわけではない。貴様はさきほど謝罪し、悔い改めると俺に誓った。業界を牛耳る傲慢な男の恐怖に怯える姿、それを見ることが俺の目的だ。お前を殺しても、私の家族は二度と帰らないのだから」  土下座していた社長は、いつの間にか泣き止んでいた。助かるかもしれない。そんな希望が浮かんだからだ。この窮地を乗り切る為なら、どんなに卑屈になっても構わない。それにもし相手に隙ができれば、反撃してやる。そんな暗い企みがあることはおくびにも出さず、社長はこわごわと顔を上げ、恩赦をくれると約束した慈悲深い男の表情を(うかが)おうとした。  しかし男はまったく笑っていなかった。口では助けると言ったものの、依然心の中では復讐心がくすぶっていたのだ。天井に備えられた常夜灯の下で、抑えきれない怒りの一部が男の瞳から吹き出し、暗い光っていた。 「ひぃ!!」  社長は本能的な恐怖に後退った。そして思わず口にしてはならない一言を漏らしてしまった。 「あんたのその目……まるで悪魔のようだ(・・・)!」 「なんだと?」  男の眉がぴくりと動いた。再び火のついた復讐心が表情を一気に曇らせていく。拳と唇が怒りで震え出した。 「(けだもの)が何を言うか……俺を社会から抹殺し、家族を辱め死に追い込んだ貴様から、まさか悪魔に例えられようとはな!!」  男は一度放した武器の柄を、再び強く握った。刀身の厚いナイフが暗闇にきらめく。 「気が変わった。やはり貴様は生かしておけん!!」 「ギャァアアアアアアアアアア!!!」  濃い宵闇の街の上空を、一筋の断末魔の悲鳴がつんざいた。
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