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2.
ある町の保育園。
「午後になっても天気予報は変わらないわ。このままいくと明日の運動会は中止ね」
「「「「えーーーーー!!!」」」」
残念そうにぼやいた保育士の先生に向かって、取り囲む子供たちが抗議の声をあげた。
「ごめんねーうちの園にはみんなが遊べる広いお部屋がないから……」
「いやだー!」
「せんせーのばかー」
「えーん!」
騒ぎを聞いて応援部隊が駆けつけた。さすが子育てのプロ。保育士たちは連携して立ち回り、子どもたちをなだめにかかる。
ひとりだけ、泣いていない園児がいた。3歳児クラスのぽっちゃりした顔の男の子だ。ベランダに立って、厚い灰色の雲に覆われた空の一点をじっとながめている。
「たーくん、そろそろおやつの時間だよ」
先生にそう呼ばれても、その子は振り向かなかった。
「何を見ているの? 鳥さん?」
「おそら」
「雲ばっかりなのに? あ……そっか。お天気、残念だよね。でも本当に中止になるかは、明日にならないとわからないよ。さっ、みんなと一緒にてるてる坊主作ろっか」
子供の柔らかい手を、先生が優しくつかんでうながした。男の子は特に嫌がることもない。すっかり泣き止んだ友達のあつまる、テーブルの方へと連れられていく。皿の上にはもう今日のおやつが用意してあった。保育園手作りのドーナツだ。
「せんせ」
砂糖をまぶしたお菓子を見つめながら、男の子が訊いた。
「ん、なあに?」
「あしただけ、あのくもにぽっかりと、あながあけばいいのにね。このどーなつみたいに」
「……うん、そうだね。さあ、たーくん、お手々あらってきて」
翌日、町の上空が蜂の巣の形に似た格子の雲に覆われた。気象学でいうオープンセルという名前の珍しい大気現象だった。
雲は上空の風に引っ張られるうちに、ゆっくりと形を変えていった。正六角形の角が丸くなり、やがて空に大きな雲の輪ができあがった。その形はまるで、油であげた小麦のお菓子のようだった。
雲がある保育園の上空に差しかかった時、吹いていた風がぴたりと止んだ。円環状の雲は朝から昼まで、しばらく同じ場所に居続けた。
「珍しいこともあるものね……」
晴れ渡る青空の下で感心する大人たちをよそに、運動会の準備を終えた園児たちがいつまでも飛び跳ね、喜んでいた。
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