それはまるで魔法のように

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「どうして僕なんかと……?」  ある雨の朝、いきなりの告白を受けた男はその場で連絡先を交換し、その週末に初めてのデートを迎えた。 「どうしてって……」  無粋な男の質問をかわすように、彼女は喫茶店のガラス窓から外の景色を眺めていた。不器用な沈黙が流れる。 「僕のこと――まだ何も知りませんよね?」 「何も知らないままじゃ、人のこと、好きになっちゃダメでしょうか……」  彼女は気を悪くしただろうか。何を隠そう、男にとって目の前の女性が初めての彼女。30歳を目前にして、ようやく訪れた春だ。それだけにまだ半信半疑。美人局だったらどうしよう、騙されていたらどうしようと、次々に浮かぶ不安を拭えないでいた。 「今からお互いのこと、知って行きましょう」  彼女の笑顔がパッと咲いた。ウジウジしている自分が情けなくなり、「そうですね!」と明るく努めた。 「あの……お名前は?」  まだ名前も知らない恋人。こんな出会いも悪くない。たとえそれが、得体の知れない薬品のおかげだったとしても。  男にとって夢のような日々が続き、二人は晴れて夫婦となった。稼ぎが少ない男を、献身的な節約でしっかりと支える彼女。刺激的なことは少ないけれど、平穏を好む二人らしい生活が続いた。  ある日の昼下がり、トイレから自室に戻った男は、掃除中の彼女が例の薬瓶を手に取り、興味深そうに眺めていることに気づいた。 「ちょっとちょっと、何やってんの!?」 「理想の恋って――何?」 「なんでもないよ……瓶が気に入ったから、ずいぶん前に買って置いてあるだけだよ」 「瓶が気に入るって――普通の瓶なのに?」 「そういう趣味なんだよ」言いながら、彼女の手から優しく瓶を奪い取り、ペンが散らばる机の上に無造作に転がした。  変なの――と呟く彼女。特に気にする様子もなく、鼻歌を口ずさみながら、掃除へと戻った。
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