それはまるで魔法のように

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 男はあの日、雑貨屋で買った薬品に心から感謝していた。あれを飲んだ次の日から、男の人生は輝き始めた――最愛の人と出会えたからだ。ただ、理想の恋が手に入る薬でも叶えられないもの、それは〈終わらない恋〉だ。  70歳を過ぎ、今じゃすっかり老け込んだ二人。そして、彼女は急な病に倒れた。残念ながら生きられるのはあとわずかだと、医師から告げられた。 「楽しかった思い出を、全部、話そうか」  ベッドで目を閉じ、男の話に耳を傾ける彼女。男は優しく彼女の手をさすっていた。 「聞き終わる前に、眠ってしまいますよ」  いつからか敬語を使うようになった彼女。出会った頃の二人に戻った気がして、男はその変化を好んでいた。 「じゃあ、最近の思い出から、順に話してくださいな」  これから始まる映画を楽しみに待つ少女のような笑顔を、彼女は浮かべた。 「最近の思い出といえばあれだな――昨日、君のために買ってきたリンゴの皮を剥こうとして、うっかり指を切っちゃったことだな。まさか看護師さんに応急処置してもらうなんて……あれには笑ったなぁ」 「いつまで経っても不器用ですからねぇ」思い出し笑いする二人。  ふと、彼女がいなくなったあとの生活を想像する。夢のような日々が終わってしまう寂しさと孤独感。男はこぼれそうになる涙をこらえるしかなかった。 「最初の思い出は、やっぱりあの雨の日だな。君がいきなり――」 「告白しちゃった日ですね」  思いつく限りの思い出を話した最後に、出会いの日の思い出を巡らせた。
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