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「はよ帰った方がいいやなぁ、天気が崩れてきよるでなあ。家は近いけ?」
「そこの夢宮の家です。僕は旧の甥で夢宮樹といいます」
夢宮は母方の姓だが、我が家は父が婿入りをしたので僕の苗字も夢宮なのだ。
いつの間にか遠くまで来てすっかり小さく見える家を指すと、老人は破顔して懐かしむように言う。
「そうけ、夢宮の。勇んとこのちび助か。あれはもう昨日のことのようでなあ」
勇という名に聞き覚えは無いが、母の家系の誰かなのだろう。しばらく会っていない上に親戚の名前さえ把握していないとは、我ながら薄情なことだ。
「じゃあ、今は旧も家にいるんけ」
老人はさらに訊ねる。
「いえ、叔父は朝早くに出かけてしまったんです。いつ戻るかもわかりません」
いつ戻るかもわからないというのは比喩ではない。叔父は昔から放浪癖があり、いつもふらりといなくなってしまうそうなのだ。
それを聞くと老人は急に真面目な顔になり、僕に言った。
「そんなら気いつけや。テンカは一人でおる者を狙うでな」
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