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その老人の言葉に怯えたという訳でもないが、どんよりと曇っていた空に雨の気配が立ち込めたこともあり、僕は早々に夢宮邸へと戻って来た。断じて、断じて老人の言葉に怯えた訳ではない。
吸血鬼は招かれなければ人家に入ることができないと聞く。ならば、室内にいればとりあえずのところは安全だろう。
「それにしてもエクソシストの人、来ないなあ」
電波も届かない家に一人きりというのは想像以上に退屈だ。何か暇を潰せるものはないかと薄暗い屋敷の中を歩きまわり、僕はその小部屋を見つけた。
「うお、なんだこれ」
たてつけの悪くなったふすまを引くと、六畳ほどの室内には古い本や何に使うかもわからない道具がぎっしりと並べられていた。
越えてはいけない境界を越えたような、まるで違う世界に紛れ込んだような錯覚が起こる。
叔父は変わった所の多い人だが、こんな物を蒐集していたとは。僕はその中から、机に置かれていた一冊の本を手に取った。
表紙には『異形悪鬼記録書』とある。
「すごい題名だ……」
ところどころ虫食いのあるその本の中では、様々な物に姿を変えた吸血鬼の例が挿絵と共に紹介されていた。
『樹。吸血鬼に襲われて血を吸われてもせいぜいが貧血になる程度で、ほとんどの場合命に別状はないの。だけど、人の姿や声を真似たり不思議な力を使ったりするのに会ったら、絶対にすぐ逃げること。いい?』
母にそんなふうに言い聞かされて育ったことを思い出す。
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