新たな約束

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「この島に下見に来てから、少しずつ断片的にだけど記憶が蘇るようになってきたんだ。誰かが海に落ちる音や、ぐったりして濡れそぼった母が浜に引き上げられる姿とか。本当は何が起こったんだよ? どうして俺は忘れちまったんだよ! 誰か……誰か教えてくれよ‼」  スグリの前でガクッと膝をついた木梨は、縋るような目でスグリを見上げた。彼にとって憶えていないことは救いではなかったのかもしれない。スグリはふとそう思った。  あの時、謎解きに夢中になっている大人たちの横でスグリが退屈そうにしていると、木梨が話しかけてきた。「スグリって可愛い名前だね」と。  スグリから見れば木梨だって中学生の“お兄さん”だ。まさか構ってもらえるとは思っていなかったから、嬉しくてついついおしゃべりになる。ママが庭でフサスグリを育てていたこと。スグリが生まれた日に初めて真っ赤な実をつけたこと。それをパパがママに教えたら嬉しそうに笑って息を引き取ったこと。  黙って聴いていた“翼くん”は、スグリの手をギュッと握って歩きだした。彼は何も言わなかったけれど、スグリの胸は温かいもので満たされていった。  まさか、その数時間後に翼くんのせいで自分の父親が命を落とすなんて思いもしないで。 「みんながこの岩屋に入っていった時、翼くんはある悪戯を思いついたんだよ」  スグリが手を差し伸べると、木梨はその手を握って立ち上がった。
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