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 凪平は頭にほとんど毛が残っていない。定年も近いのだ。高度経済成長の日本を支えたサラリーマン。がむしゃらに働き、地味だが奥ゆかしいフナとお見合い結婚した。フナは凪平によく従い、幸せな結婚生活だった。ローンを組んで都内に小さいながらも庭付きのマイホームを持った。  そして、長女が生まれた。丸顔に小さな目鼻、色白の可愛い女の子だった。二人はシジミと名付け、大切に育てた。  シジミはおてんばだった。落ち着きがなく、目を離したすきにすぐにいなくなって、近所の人に連れて来られた。いつもふざけてばかり、ピーナッツを放り投げ、口で受けて食べようとした。何度も気道異物になり、窒息しかけ、救急搬送された。それでも、()めようとしなかった。  小学生、中学生になってもおてんばは、変わらなかった。おつかいを頼んでも、商店街に着いてから財布を忘れたことに気づき、戻ってきた。戻ってきたときにはもう夕食時だった。すぐに戻らず寄り道をしていたからだ。  そして、魚を猫に取られたからといって、裸足で飛び出し、足の裏を傷だらけにして帰ってきた。 「シジミちゃん?猫がくわえた魚を取り返してどうするつもりだったの?」 フナに言われても、ヘラヘラ笑って、聞いてはいなかった。  凪平とフナは教師に相談し、発達を専門にしている小児精神科を受診した。診断はADHD、注意欠陥多動性障害だった。医師の説明はネガティブな事例ばかり、成績が落ちる、片付けができない、時間に遅れる、忘れ物をする・・・。薬物治療を勧められたが、二人は断り家路についた。フナは泣いていた。凪平はそっとフナの肩に手を置いた。シジミは相変わらずキョロキョロ動き回っていた。  おっちょこちょいのあわてんぼうだったが、シジミは明るく陽気な誰からも愛される人柄だった。薬物療法をしなかったからだ。凪平とフナはシジミの個性的な振る舞いを受け入れた。
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