私を見て選んで

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「好きです。結婚してください」 「一目見た時からあなたのことが好きでした!!」 「ぜひボクとお付き合いしてください!!」 私はよく、この手の言葉をかけられる。 純粋な乙女だった頃は、この類の言葉にもいちいちドキドキし、 ときめいたものだ。 だが、それも「なぜ」私を選んだのか聞くまでのこと。 「ええと……お美しいから」 「ええと……りりしい姿が」 「ええと……その物怖じしない態度が」 みんなそれなりの理由は挙げてくるものの、これといった決め手を言うことが出来ない。 あるいは、理由を挙げてもそれが白々しく聞こえる。 ――分かっているのだ。 彼らの目当ては、私ではなく、その後ろにある、「日重院」家の名だということは。 日本でもトップクラスの業績を誇る、戦前なら財閥に指定されていたであろう規模の大企業。 それを一代で築き上げた父の力を彼らは求めているのだ。 あるいは、その父のおかげで何不自由なく暮らし、 長じてからは若くして役員の座についた私の地位を。 彼らが見ているのは私ではない。 その浅ましい権力欲に、恋などしようがなかった。 「申し訳ないけれど――」 そこで私の恋の始まりは終わる。 残るのは、父の威光を受けて、冷徹に社員と対峙する日々。 恋愛の胸を貫くような熱量など、凡そ関係のない人生。 みんながみんな、私を通して「日重院」という家名を眺めている。 そんな押しつぶされそうな日々を送っていたからだろうか。 商談の帰り、普段は絶対に立ち寄ることのない、寂れたバーの前をたまたま通りかかった時のこと。 ふと、ここなら「日重院」の名前を背負わずに済むのではないかと思った。 何気ない風を装い、カウンターに腰掛ける。 きれいにひげをそりあげた、同い年くらいの若いバーテンダーがこちらを向き、 「何にいたしましょうか?」 と声をかけてくる。 私は慣れないことに戸惑いながらも、出来るだけ落ち着いた声で注文をする。 バーテンダーは首肯すると、またたくまに、赤い液体の注がれたグラスを 差し出した。 すっとグラスを取る。 口中に広がる甘さとしびれに、何かが弾けたような気がした。 以来、私はそのバーに通うようになった。 忙しい合間を縫って、私の背後にある会社しか目的にない男たちの視線をふりきって、足を運ぶ。 最初は無口だったバーテンダーも徐々に口数を増やしていき、やがて そこは私の憩いの場となった。 誰に気兼ねすることもない、家名を気にする必要性のない、自由な空間。 夢のような時間だった。 だから、だろうか。 「ボクと――付き合ってくれませんか?」 1年が過ぎたころ。 顔を若干赤くしながらそう切り出したバーテンダーの彼の告白も、以前までとは違い、素直にうれしく思えた。 彼には私はしがない都内のOLだと話してある。 会話の端にも「日重院」家の名前などのぼったことはなかった。 だから、彼は家名ではなく、純粋に「私」を見て、選んでくれたのだと思った。 ひそかに彼のことが気になっていた私は、しかしすぐには応じず 「どうして、私を――?」 と問い返した。 彼はなおも恥ずかしそうにしながら 「実は――」 私の人柄に惹かれて。 容姿に惹かれて。 真面目そうなところに惹かれて。 そんな言葉を期待していた私の耳に入ってきたのは、予想もしない言葉だった。 「実は――、前世のあなたがこの世の中を統べる大魔王だったらしくて」 「――は?」 「ボク、接客業をやっているからか、他人の前世が見えるんですけど、 あなたの前世を失礼ながらのぞかせてもらった時に、この世を恐怖で支配した大魔王の姿が見えまして」 「えっ!?……えっ!?」 「その強さに惹かれました。ぜひボクとお付き合いをしてください!!」 「……えっ!?」 それ以外の言葉が出てこなかった。 なんだ。 この男は、いったい何を言っているんだ? 私の前世が魔王? その強さに惹かれた? 冗談は勘弁してほしい。 だが、彼はそれを真面目に信じているようで、優しい言葉で 私の美点を挙げてくる。 先刻まで付き合ってもいいかもと思っていた顔が、私の目をのぞきこむ。 これは…………。 果たして前世の「私」を見て好きになったという人間は、「私」を見て好きになったといっていいのだろうか? 今までにない悩みが、私の頭に渦巻くのだった。
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