僕の彼女の頭の中には宇宙が広がっている

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僕の彼女の頭の中には宇宙が広がっている

「ねぇねぇ、“止まない雨”ってさぁ、どんな雨だと思う?」 「は?」 また、わけのわからないことを言い出したな。 トーストを齧るために口を開けたと思ったのに、何がどうなってそんな言葉が零れ出てくるのか僕には理解できない。 僕の彼女は、時々こうして突拍子もないことを口にする。 窓の外を見れば、今日は久しぶりに気持ちのいい青空が広がっていた。 あぁ、そうか。 だからなのかもしれない。 「だってさぁ、雨って絶対止むじゃない?」 「そうだね」 僕は適当に相槌を打ちながら、彼女の右手からトーストを取ってお皿に戻す。 一度こうなったら、周りのことは一切目に入らなくなるんだ。 「そもそもさ、誰が最初に言い出したんだろうね?」 「さぁ」 「その人はさ、見たのかな? “止まない雨”」 「どうだろうね」 僕はゆっくりとコーヒーを一口啜る。 それから時計を確認して。 せっかくの休日だったけれど、どこか出かけるのは無理かなぁと諦めモード。 早めに話が終わればいいんだけれど。 「だってさ、“止まない”ってことは、ずっと降ってるわけでしょう?」 「うんうん」 「そんなの、地球上では絶対ないよね?」 「たぶんね」 まぁ、もしかしたら未知のエリアがあって、そこには永遠に雨が降り続いている可能性が全く(ゼロ)とは言い切れないのかもしれないけれど。 「ずっと止まなかったら、いろいろ困ると思うの」 「そうだね。一応言うけどね。本当にそんなのがあるわけじゃなくて、“止まない雨はない”っていう、比喩表現で使う言葉だと思うよ」 「そんなのおかしいわ!」 「そうだね」 ぶつぶつと何やら呟きながら考え事を始める彼女をよそに、僕は僕でマイペースに食事を続ける。 今日の目玉焼きの半熟具合は、我ながら最高の出来だと思う。 行儀悪いのかもしれないけれど、僕は白身の部分だけをそのまま先に食べて、とろりとした黄身をトーストに乗せて頬張る瞬間が何よりも好きだった。 さっくりと焼けた香ばしい食パンに、濃厚な黄身と塩胡椒のアクセントが口いっぱいに広がる至福のひと時。 彼女はどうしても固焼きにしてしまうので、これだけは僕が作ることにしていた。 「ねぇ、聞いてる?」 「んぁ? ごめん」 名残惜しいけれど慌てて飲み込んで彼女に向き直る。 周りが見えなくなるくせに、僕が返事をしないと途端に機嫌が悪くなるから厄介だ。 「だからね、きっと、宇宙のどこかには“止まない雨”が降る星があるんじゃないかと思うの」 名案を思い付いた! と言わんばかりのキラキラした目をこちらに向けてくる彼女を、可愛いと思ってしまうから多少の面倒くささはあっても、つい付き合ってしまうんだよなぁ。 「でね、たぶん言い出した人はその星に住んでた宇宙人なのよ!」 僕には時々、君が宇宙人に見えることがあるよ。 思わずそう言いかけて飲み込む。 「あっ、それともあれかしら。未来の地球は天変地異とかが起こって、雨が降り続けているのかしら? それで、タイムマシンで過去にやってきて、どうにかして雨を止ませようと歴史を変えようとしているのかも」 君の発想力なら、タイムマシンだって作れてしまうかもしれないね。 僕は空想や想像といったものがあまり得意ではない。 だから彼女の言っていることが上手く理解できていないのかもしれない。 それでも僕にはない考え方が純粋に面白いと思うから、彼女の話は聞いていて飽きないんだよな。 時と場合を考えてほしいときはあるけれども。 「そういえばさ、地球人も宇宙人なんだって知ってた?」 「あぁ、言われてみればそうだね」 もう雨の話は終わりかな? 「他の星の宇宙人ってさ、雨のことはどう思ってるんだろうね?」 あ、まだ微妙に繋がっていた。 僕はそっと彼女のマグカップを引き寄せ、ぬるくなってしまったコーヒーを一気に飲み干す。 また考え事を始めた隙に、新しいコーヒーを注ぎに席を立った。 彼女は熱々のコーヒーか、キンキンに冷えたアイスコーヒーじゃなきゃ延々と文句を言い続けるからだ。 まぁ、話が長引けばまた冷めてしまうんだけれど。 席に戻った時、洗濯機が止まった電子音が聞こえてきた。 「とりあえず話はこれぐらいにして、ご飯食べない? 今日は僕が洗濯を干してくるから、ゆっくり食べてていいよ」 「あら、もう食べちゃったの? 早食いは体に悪いわよ」 「そうだね、気をつけるよ」 いただきます、と律儀に手を合わせてから、ようやく彼女の食事が始まる。 コーヒーの温度にはうるさいのに、冷めて固くなったトーストは気にならないようだ。 僕は焼き立てをすぐに食べたいから、そこも正反対だよなぁ。 ちなみに猫舌だから、コーヒーは少し冷めたぐらいが丁度いい。 「今日はいいお天気ね。どこか出かけたいわ」 「そうだね」 「新しい傘が欲しいわ」 「この間買ってなかったっけ?」 「気づいたら無くなってたのよ」 「あぁ、そう」 彼女はよく物を無くす癖がある。 きっと空想に耽っていて、どこかに置いてきてしまうのだろう。 うーん、やっぱり彼女に指輪は向かないかなぁ? 実はもうすぐ彼女の誕生日だ。 本当は今日、プレゼントを一緒に買いに行こうと思っていたのだけれど。 今年の誕生日も、日用品や消耗品を贈ることになりそうだ。 それはそれで僕たちらしいのかもしれない。 「もし“止まない雨”が降ってきたら、あなたが迎えに来てね」 「え?」 「だって、私、傘に嫌われているんですもの。雨が止まなかったらとっても困るわ」 「あぁ、そうだね」 「いっつも私に熱々のコーヒーを淹れてくれるみたいに、あなただったらヒーローみたいに傘を持って現れてくれると思うの」 よくわからないけれど、僕を頼ってくれているんだと受け取っておこう。 「だからね」 珍しく言葉を途中で止める。 驚いたことに彼女の頬が赤く染まっていて。 「一生、私の傍にいてほしいの」 「え?」 「もうっ、それぐらい察してよね」 なんてこった。 今のはもしかして、もしかしなくても、そういうことか!? 僕の彼女は、時々こうして突拍子もないことを口にする。 照れ隠しに、トーストを詰め込みながら明後日の方向を向いている彼女がとても愛おしくてたまらない。 「プロポーズは僕がしたかったんだけどな」 「だってあなた、遅いんだもん」 「そう言われても」 「いつも私の話を聞いてくれるからよね」 「あぁ、いや、うん」 「ありがとう」 「うん」 耳まで赤くなる彼女は今まで見たことがない。 まだまだこれからも知らない一面を見せてくれるのかもしれない。 そう思ったら自然と笑みが零れてきた。 「ねぇ、洗濯物干してくれるんじゃないの?」 「今やるよ」 「雨が上がってよかったね」 「そうだね」      fin
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