八二

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「知らないって言っているだろう! ヤフジ? ヤトウ? トシエ? フジエ? 差出人の名前を何て読むのかすら分からないよ!」  疲れた顔でそう言う幸一に、香美代は顔を真っ赤にして怒鳴る。 「そんな事言ったって、受取人の名前はアナタになっているじゃあないの! クリスマスイヴに髪の毛を送り付けて来るなんて! 浮気相手か何かなんじゃないの? その……トシエ? って女がっ!」  香美代の剣幕に萌子が泣き出す。 「だから知らないんだよ! 同じ事を何度も言わせるなよ! それに、伝票に書いてある名前だけじゃあ、差出人が男か女かも分からないだろ!」  幸一はそう言うが、送られて来た物は女の髪の毛だ。  黒く艶やかな長い髪。  髪から微かに薔薇の香りのシャンプーの匂いまでしている。  手入れの行き届いた美しい髪。  もし差出人の名前が田中新太郎だったとしても、この髪の主が女だという事が解るだろう。  香美代はわざとらしく大きなため息をつき、視線を髪に向ける。 「女の髪よね?」  視線を髪に向けたまま香美代は言う。 「女の髪だな……」  幸一も髪を見て言う。 「アナタ、浮気してるわよね」 「…………」 「ちょっと! 何でそこで黙るのよ!」 「うえぇぇぇぇぇん!」  香美代の怒鳴り声と萌子の鳴き声が部屋に響く。  修羅場だ。  絵に描いたような修羅場だ。  幸一は、顔を曇らせて、片手で頭を掻いた。 「浮気なんてしてないよ! ほら! 萌子が泣いてるだろ! いい加減にしろよ! 今日はクリスマスイヴだぞ!」
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