雨が上がるまで

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「雨、止みませんね」  僕の言葉に、彼女の視線が動いた。狭いオフィスの一室、一つしかない窓にその視線が向けられる。僕の位置から正面に見えていた彼女の顔が、横を向いた。彼女は今、雨粒が流れる窓を見ている。落ち着いたピンク色の唇が少し開き、思わずといった感じで「ああ」と声が漏れた。 「そうね」  顔を正面に戻して、今度はパソコンに向かいながら言う。いかにもおざなりな返答に、笑いが漏れる。なんとも、彼女らしいと思って。  今日の雨は突然だった。終業時間ごろは晴れていて、月すら見えていたのに、残っているメンバが僕と彼女だけになり、残業を終えそろそろ帰ろうかと言うタイミングで急に降り出した。「通り雨だろうし、しばらく待ったほうが良さそうですね」と言うと、「いつもは折り畳み傘を持ってるんだけど……」と忌々しそうに彼女は言った。それは知っている。突然の雨にも、颯爽といつも通り帰っていく日頃の彼女を見ていたから。今日、僕はラッキーだと思う。彼女には言えないけど。  彼女、宮下実(みやしたみのり)は、職場の先輩。小柄な体型もあって、初めて見たときには同年代かと思ったけれど、噂によると僕とは八つ離れているらしい。染めていない黒髪は癖毛なのか所々ウエーブがかかっていて、彼女はいつもそれを一つ結びにしていた。僕は耳元の後れ毛が気に入っている。二重瞼のきらりとした瞳が印象的だけど、鼻は低いし唇はぽてっとしていつもへの字になっている。そしてその口から出る言葉は、いつも正論だった。真面目な性格で、言わずにはいられないらしく、年齢も相まってか、「お局っぽい」と噂されているのを聞いたことがある。僕の耳に届くくらいだから、きっと本人の耳にも入っているのではないかと僕は思っている。  僕は転職して今の職場に来たわけだけど、初めて見た彼女の印象は、「真面目そうな人」程度だった。お小言をもらうのは苦手だったし、あまり関わり合いたくない、と思ったのが本音だ。けれど、あの日を境に、僕は彼女の良いところを見つける名人になってしまった。
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