雨が上がるまで

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 転職したばかりの初めてのプレゼンで、あの日は朝から緊張していた。クライアントからの評価はもちろん、内部に向けても「できる人が入って来た」と思わせたい。そんな欲にかられて、数日前から存分にやる気を見せてきた。けれど当日になって急に、これでよかったのか、もっと他の人の意見を聞くべきだったんじゃないか、と不安になった。そのうち目眩までしてきたので、休憩室で横になっていた。 「大丈夫?」  不意に心配そうな声が降ってきて、目を開くと彼女が覗き込んでいた。 「顔色悪いね」  向かいのソファに腰掛けながら、僕の顔の感想を言われる。起き上がろうとすると、手で制されたので再度横になる。 「……すみません」  何か言わないと。そう思うと、謝罪の言葉が口に出た。彼女はきょとんとした顔をして、小さく首を傾げた。その仕草が小動物を思わせ、少し可愛く見える。 「なんで? まだ、始まってもないのに」  彼女はそう言うと、僕が横なっているソファと彼女が腰を下ろしたソファの間にあるガラステーブルに缶コーヒーを二つ置いた。一つはブラック、もう一つは砂糖とミルク入り。 「これは気合。これはご褒美」  まずブラックコーヒーを指差して、そして砂糖とミルク入りのコーヒーを指して、言う。 「緊張は、誰でもするよ。頑張ってたから、疲れも出たんでしょ。少し休んだら、あとは喋るだけだよ」  それが難しいのだと思うけど、反論できない。彼女はすっと席を立つと、出口の方に颯爽と歩いて行った。わざわざ励ましに、コーヒーを買ってきてくれたんだろうかと思いながら、体を起こす。一応お礼を言わなくてはと、彼女の後ろ姿を目で追う。するとドアの前で彼女の足音が止まり、ドアノブに手をかけたところで顔だけをこちらに向けた。彼女とまっすぐに目が合ったのは、あの時が多分初めてだ。だから、動揺したのかもしれない。 「三好君ならできるよ。頑張って」  彼女はびっくりするほど優しげに微笑んで、そのままドアノブを回して休憩室を出て行った。僕はと言うと、阿呆のように閉じたドアを見つめて、彼女の笑顔を反芻していた。彼女にお礼を言わなくてはいけないことも忘れて。  彼女からのブラックコーヒーを飲んで挑んだプレゼンは結局、可もなく不可もなく。まずまずの評価だったけれど、結局仕事には結びつかなかった。けれどプレゼン後に飲んだミルクコーヒーは甘く、疲れや緊張が溶けていくようで、単純だけど、また頑張ろうと思えた。
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