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松浦は放課後の職員室で深いため息をついた。週末の予定も、キャンセルした。
何故、秋元はあの週末の俺の行動を知っていたんだろう。
あの日はバルでいい感じに酔って、女とラブホに入った。もう日付が変わろうとする頃だった。
どっちにしても高校生がウロウロする時間じゃない。
何故、高校生の彼が、ラブホの風呂の事や、シーツの事を詳しく知っているのだろう?
松浦は、自分の若かりし高校生時代を思い返した。そして自重した。
「センセ、顔色悪いよ」
秋元梨央が、放課後の、廊下で声をこけられた。
(お前のせいだよ)
「僕、誰にも話してないから。心配しないで」
梨央は松浦の耳元で囁いた。
教師に接する距離感ではない。パーソナルスペースを詰められ松浦は頭にきた。
「秋元君!いい加減にその話はやめてくれ!…迷惑だ!!」
松浦は怒りを抑えて言うつもりだったが出てきた言葉の語気は荒かった。放課後の廊下に松浦のその声が響いた。
だが、いつまでも梨央にずっとこの件で主導権を握らせるわけにはいかない。
梨央を見ると驚いたように松浦を見ている。梨央の薄そうな皮膚が頬が赤く染っていく。
通りがかった女生徒達が梨央を心配そうに見ているのが分かった。
「ごめんなさい先生……………………その話はもうしません」
梨央は俯いて素直にそう言った。
異国の夜の湖のような梨央の瞳が潤んでいるように見えた。
松浦は動揺した。
「大丈夫?………秋元君?」
女生徒達は背の高い梨央を見上げて心配している。
「大丈夫だよ…………僕がいけなかったんだ」
女生徒達は一斉に松浦を睨んだ。
秋元君をいじめるなと何個もの目が松浦を突き刺した。
松浦は信じられなかった。
「…………先生、さようなら」
梨央は頭を下げて女生徒達とその場を去った。
何で女生徒達から俺が睨まれなければならない……。
松浦は女生徒からは人気があると自覚していた。松浦が近づくと顔を赤らめる女生徒もいる。
なのに、梨央の前ではハンサムな松浦の魅力などまるで通用しなかった。
松浦は翌日から梨央を観察せずにいられなくなった。
そして気がついた。
よく見ると梨央はただの顔の綺麗な生徒ではなかった。
梨央は誰にでも平等に親切だった。
カーストのトップにいるのに、女子生徒のどうでもいい話〘少なくとも松浦にとっては〙でもちゃんと聞いて相槌を打っている。男子生徒の子供っぽい遊びにも全力で加わっている。
(ああやって人をたらしこんでいたんだ)
(そんなにちやほやされたいか…)
軽薄で冷血漢の松浦には梨央の事があざとい人間に見えた。
梨央を観察していると梨央とたまに目が合った。
梨央は松浦にニッコリ微笑む。根に持っている様子はない。
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