軽薄教師が美人ノンケ食い生徒に迫られてます

1/29
前へ
/29ページ
次へ
 職場までの緩やかな登り坂を松浦和也(まつうらかずや)は歩いて通勤する。坂は桜の並木道で、春になるとこの道は桜が咲き乱れる。今が正に真っ盛りだ。  私立山王高等学校。そこが彼の職場である。国語教師としてここで働きはじめ3年目、今年は三年生を受け持つ事になった。松浦は、教師として優秀である。生徒との距離は適切に保ちその上で上手に崩しながら会話する。授業も分かりやすいと評判が良い。清潔感があって顔が良く、言葉が流暢な松浦は保護者からの受けも良い。松浦にとって生徒も保護者も頭の硬い年寄り教師もちょろい奴らなのだ。何でもそつなくこなす『できる男』が松浦の特技である。幼い頃からスポーツも勉強もそこそこ出来た。特別ではないが、そこそこ出来た。  私生活はというと酒も煙草もギャンブルも嫌いではない。勿論、女性もである。松浦は快楽には弱い。  特定の恋人は作らず特定の恋人になりたがられると自分から終わらせる。恋愛になんの利益も感じない。マニュアル通りの恋愛の駆け引きも、デートの時の会話も、セックスの時の前戯も全部面倒くさい。松浦は仕事も恋もイージーモードなのだ。  そんな松浦和也にはトラウマがある。普通の恋愛ができなくなったのはこのトラウマのせいだった。高校生の頃、付き合っていた彼女がいた。美形好きな松浦の彼女はやはり美形だった。彼はモテた為、無理に平凡な顔の女と付き合う必要はなかった。二人は同じクラスで何となく意識し始め松浦の告白で付き合い始めた。断られる可能性は0%と確信して告白した。プライドが高い松浦にとって振られるなどあってはならない事なのだ。  お互い初めて同士で初々しい関係が続いたが、半年後二人は男女の関係になった。そこからは毎日のように松浦の部屋や、たまにどこかの安ホテルで、時間のない時は人気のない公園でセックスした。繰り返しただひたすら夢中にセックスした。子供が新しい玩具に夢中になるのと同じだった。好きなのか、セックスしたいだけなのか、松浦には分からなかった。彼女は時々、不安そうに松浦に聞いた。 「私の事、好き?」  軽薄な松浦は彼女を見つめ返して言った。 「大好きだよ」  軽薄な内面を見透かされないように言葉で繋ぐ。 「大好きだよ」「綺麗だよ」「君に触れたい」  松浦はこれを常套句にしていた。そう言えば彼女は機嫌よく体を差し出してくれる。褒めさえしておけばいいのだ。セックスすれば体も頭もスッキリし勉強が捗った。  それでも何となく、この彼女とセックスするのも飽きて来た頃、彼女が松浦に信じられない事を言った。 「妊娠したかもしれない」   あり得ない。  あり得ない。避妊は完璧だった。松浦は用心深い男だ。そんな下手を打つ筈がない。松浦の顔色を見て彼女は言った。 「あの時だよ。和君、持って来てなかったじゃん。私…………安全日だからいいよっ言って…………した時だと思う」  身に覚えはあった。時間がなくて公園でした事があった、あの時初めて生でしたが、出したのは彼女の太腿に出した。あの一回で?  あの一回で孕んだのか? 松浦は蒼白になった。震えが止まらなかった。怖くて怖くて逃げ出したかった。泣きながら訴える彼女の事を思いやる事などとても出来なかった。 「ごめんなさい、和君どうしよう」  松浦は答えられなかった。どうやって逃げようかとばかりしか考えられなかった。  彼女は泣き崩れた。泣きたいのはこっちだ。そう思った。  松浦は母親に助けを求めた。それ以外に思いつかなかった。母親は彼女の母親に連絡し、中絶手術の費用と慰謝料を用意した。松浦は母親を伴って彼女の家に出向き謝罪した。母親は頼もしかった。松浦に変わりに心から彼女に泣いて謝罪した。そのおかげでその場で罵られるようなことはなかった。松浦はその場で別のことを考えていた。彼女の母親はとてもみすぼらしいと思った。髪は白髪が混じり、口元は歯がないのか窪んでいる。鼻の下に老婆のような縦ジワが深く刻まれている。自分の母親とさほど年は変わらないであろう。時々、汚いハンカチで涙と鼻水を拭っている。  それにこの臭いはなんだ?彼女の家は黴だか便所の臭いだか分からない異臭が漂っていた。フローリングは所々凹みベタベタしている。臭くて雑多な狭小住宅。こんな家に住んでいる彼女に幻滅した。美人の彼女からこんなボロ家を誰が想像するだろう。自宅まで送ろうとしても家を教えたがらなかったのはそのせいだと思った。松浦は吐き気がしてきた。一刻も早くこの家から出たかった。  そもそも妊娠したのも彼女のミスじゃないか。自分ばかりが被害者みたいに泣かないで欲しい。俺だって辛いのだ。  彼女はそれから二人でいる時に泣くようになった。具合が悪そうによく腹を擦っていた。当てこすりされているみたいな気がして腹がたった。実際そうだったと思う。  こんなことがあって直ぐに別れるのも躊躇われた為、ダラダラと付き合っていたのだ。  彼女はキスもセックスもヒステリックに嫌がった。機嫌を取るつもりだったが逆効果だった。松浦にとって彼女は重荷でしかなくなった。  彼女は松浦に泣いて言った。 「何で私ばかり苦しい思いをしているの?」 「赤ちゃんの夢を見た。殺さないでって泣いてた」  「私も和君も人殺し。自分の子供を殺したヒトゴロシ」  松浦はゾッとした。あれはちゃんとした手術だ。人殺しなんてしてない。そんな事を言い出す彼女が怖くて堪らなかった。その日、あまりにもヒステリックに泣いて突っかかってこられた松浦は彼女の頬を打ってしまった。彼女は狂ったように泣き出した。 「もう限界だ。別れよう」   被害者の彼女は松浦から別れを告げられるなど、欠片も思った事がなかったのかその言葉を聞いて放心していた。  彼女と別れて心底、安堵した。  泣いて縋って来られても突き放そう。    彼女は学校で松浦に会うと泣きそうな顔をする。松浦は視界に入らないように彼女を無視した。彼女の取り巻きの女子達が松浦の事をすごい目で睨んでいた。それが何だ。もう終わった事だ。松浦は自己完結が得意だった。  しかしその日は彼女とばったり鉢合わせした。  目の前にいた彼女は隣に男を連れていた。別れてたった2週間程しか経っていない。変り身の早さに少しだけ嫌悪感を感じた。  彼女は松浦を汚物でも見るような目で一瞥し、男の腕を取り去って行った。 「知り合い?元彼とか?」 「んな訳ないじゃん、私、誰とも付き合ったことないもん」  あんな目。あんな目で見られたのは生まれて初めてだった。あの褒めさえすれば簡単にやらせてくれた女が。しゃあしゃあと嘘をついていた。プライドが高い松浦は酷く深く傷ついた。あれから8年経った。  松浦は女の体は好きだが女という生き物が嫌いになった。束縛する、ホルモン周期でヒスを起こす、最悪なのは妊娠する。嫌いになったら容赦なく断罪する。  別にあんな女の事は忘れたがあんな目で見られたことは忘れられない。  もう恋愛なんかしない。松浦は女性と長く付き合う事をさけるようになった。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加