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星ノ森(1)
星追いの祭りは、毎年、南山の麓に生えるコブシの大木がその枝先に大きなつぼみを結ぶ頃行われる。それは、スグリの生まれ育った星ノ森の里での、古くからのしきたりであった。
南から吹きこむ花の香りを含んだ暖かい風が、北山の向こうに住まうホシたちを里のある南の方へと呼び寄せるのだと、祖母のミクリがいつか言っていた。
ホシたちは、里へ疫病や諍い、罪悪や憎しみの種をもたらすのだという。星追いの祭りは、里へと降りてきたホシたちを元いた北山の向こうへと追い返すための儀式であった。
里のぐるりを取り囲む山々の頂はいまだ厚い雪に覆われ、里では朝夕になると、吐く息がうすら白く空を漂う、早春の夜。
里の男たちはホシを追い立てるため、彼らの嫌う炎―松明を手に手に、里の北口へと集う。女子どもはといえば、里の南の小高い丘に建つ集会所へと引きこもり、一つの炉を囲んで皆で夜を明かすのだ。
集会所の一隅には、天井から縄梯子が垂れ下がった場所があり、そこから物見櫓へと登ることができる。里の女たちは、儀式が執り行われている間、集会所の外へ出ることは禁じられていたが、唯一、その物見櫓へと登り、一部始終を見届けることの許された者がいた。
「ヨタカ」と呼ばれるその者は、里の中でも定められた条件を満たす者の中から、一代に一人だけ選ばれる。スグリがもの心つくころからずっとその役割を演じていたのが、他ならぬスグリの祖母である、ミクリであった。
いつもの簡素な出で立ちとはうってかわり、いつか里で見た花嫁のように着飾ったミクリが、炉端に座りこんで何やらものものしい呪い言を唱える。
その後縄梯子で物見櫓へと登っていく姿を、養母のナナエや義理の兄姉弟妹たちとともに見守りながら、いつか自分が祖母にとって代わるときが訪れるであろうことを、いつからかスグリは予感し始めていた。
誰かからはっきりと言われたことなど一度もなかったけれど、それは普段から、養母や義兄姉弟妹たち、あるいは他所の家の母親たちの言葉や態度の端々に、いやというほど見え隠れしていたのだから。
里の女たちがひそひそと他愛のない話に興じる話し声や、炉の中でぱちぱちと薪がはぜる音、どこかの家の赤ん坊が時折むずかる声。
集会所の片隅で丸くなったスグリはそれらを子守唄がわりに聴きながら、自分以外何人も立ち入ることのできない、里のどこよりも高い所にひとり座すというのは一体どんな心地がするのだろう、と考えずにいられなかった。
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