どこはここで誰は私 2/2

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どこはここで誰は私 2/2

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「明日、連休でよかった。……いや、もう今日か」  タクシーに揺られて私はぼやいた。  駅から山に入って鬱蒼とした森の中を走り、未だ同じ景色が続いている。  旅館まであとどれくらいかかるのだろうか。   「お客さん、寝ててもいいよ。旅館についたら起こしますので」  タクシーの運転手が言った。  思ったより若い男だ。私と同じくらいか少し上。  黒のスーツに茶のネクタイ、黒いツバがついた紺色の帽子を被っている。  若干たれ目の整った顔立ちに、左目の目元に縦に並んだ黒子が二つ。  かなりのイケメンだが、って、アレ。もしかして。 「もしかして、丸木(まるき)先輩?」 「ん?」  頭ん中の記憶を探るより先に口が出た。  運転手の方も心当たりがあったのか、眉根をよせて「あっ」と口をあける。 「日比野っ。日比野じゃねぇか。マジかよ」  途端に打ち解けた口調になる。  私は唖然としながらも、少しうれしくなった。  彼は大学時代にお世話になった先輩でもあり、田舎は距離感や時間の感覚が違うと教えてくれた人である。  にしても世間は狭いなぁ。 「ずいぶん、久しぶりじゃねぇか。最後に会ったのはいつだった?」 「えーと、確実に5年以上経っていますね」  一つ上の先輩が卒業して以来会っていないから、10年は経過していない。  キリのいい数字をあげて答える私に、先輩はカラカラ笑う。 「お前は相変わらずだな。妙な所で頭が働いているっていうか」 「うっす、恐縮っす」  自然と学生時代の口調にもどった。 「にしても、酒に強いお前が、ここまで醜態をさらすなんてよっぽどだな。もしかして、オレに会いに来たとか」 「なんですか、ソレ。めんどくさい」 「ハハハっ。やっぱ、日比野はこうでなきゃな」 「はぁ」  うん。そうだ。大学時代もそんなやりとりをしていた気がする。 「先輩は今、タクシーの運転手をしているんですか?」 「あぁ、いろいろあってな。今は実家の旅館で働かせてもらっているんだ。なにがあったか分からねぇけど、ゆっくり泊っていけ」 「ありがとうございます。できれば、見晴らしのいい部屋がいいです」 「あはははは。お前のそういう所好きだわ」  冗談を冗談で返すやり取りに、胸のあたりが温かくなる。  こんな風に人と会話したのは、本当に何年ぶりだろう。 「そういえば、千石(せんごく)先輩とはどうなりました?」 「知りたいか、これだっ!」  ジャキーン。と頭の悪い効果音が鳴った気がした。  視線を目の前に固定したまま、先輩の左手がハンドルを放れて、垂直に挙手する形をとる。  白い手袋をした左手薬指に、シルバーリングがはまっていた。 「うわっ。おめでとうございます! っていうか、なんで手袋の上にわざわざ指輪っ!」 「ありがとうよ。あと、わざわざって、オレがイケメン過ぎるから、指輪を目立つようにつけていないといろいろ面倒なことになるからだよ」 「そうだ、ご祝儀。ご祝儀」 「いいって、いいって、アンナにもあってやってくれよ。今うちの女将やっているんだ」 「マジっすか」
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