ここはどこで私は 2/2

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ここはどこで私は 2/2

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  思わず人間の言葉を忘れてしまった。  やばい、うまい。お粥うまい。川魚の骨を感じたとしても、普通にかみ砕いて飲みこめるところも安心する。  噛めば噛むほど、ほぐし身から塩味と共にまろやかな味が口に広がっていく。魚特有の臭みがなく、どこか爽やかをを感じさせる味わいと、微かなショウガの香りに次から次に唾液が湧いた。  浅漬けはシャリシャリとした歯ごたえと、昆布の細切りがいいアクセントになっている。  だし巻き卵は、舌にとける卵のふわとろ加減と濃厚さがやばい。味の方も丁寧に出汁を取ったことが伺えるほど、醸し出す香りと味の奥行きに箸が進んだ。  デザートも格別だ。甘いリンゴと酸味のヨーグルトの鉄板組み合わせ(王道カップリング)。  リンゴはしっかり砂糖で煮詰めつつも歯触りを残し、ヨーグルトは水気をしっかりと切って、チーズのように濃厚な滑らかさになっている。  やばい、やばい、職人芸すごい、満足感すごい。 「ちょっと休憩したら、露天風呂にいくと良いわよ。うちは美肌の湯が売りだから」  あぁ、やっぱり、このニキビフェイスは目立ちますよね。  お気遣い感謝します。 「はい。なにからなにまで、ありがとうございます」 「いいのよ。日比野ちゃんのおかげですくわれた部分があったから、恩を返すのも含めて、もてなささせてちょうだい」 「え?」  私、なんかやったっけ?   「ふふふ、分からなくていいのよ。なにもしない誰かがそこにいてくれるからこそ、救われる時ってあるの」  うーん。あの頃の私は、どちらかと言うと蚊帳の外だった気がする。  私をアンチ千石に引き入れようとして、うざく絡んできた連中は、ほぼ相手にしなかったし。  仕方なく相手にしたやつは、絡まないでくれと説得するのも骨が折れそうだったから、バカにしたニュアンスで煽りまくった記憶がある。  まぁいいか。結果的に感謝されているのなら、素直に受け取ろう。   ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「………」  もう、驚かない。驚いても仕方がない。  大量の水と水がぶつかり合う雄大なBGMと、ごつごつとした岩に囲まれた広い露天風呂。空と渓流が眼前に広がる和製ナイアガラな絶景ぶりはインスタ映え間違いなしである。  とりあえず入ろう。 「あふぅ」  やばい、やばい、やばい、体が、脳がとろける。温泉の熱が全身を温めて、縦横無尽に血が駆け巡っていくのがわかる。  マナーに則ってかけ湯をして、肩まで身を湯を浸したら体中から一気に力が抜けた。  たっぷりの湯と手足がのびのびとできるスペース。全身を受け止めてくれる温泉の心地よさは、遺伝子に直接響くものがある。  日本人万歳だ。  あー、今まで水道代けちって、風呂の量をいつも膝下(ひざした)ぐらいにしていたのが悔やまれる。 「ふぅ、極楽極楽~」    圧倒的な解放感と、湯に全身が溶けるような一体感。  言葉にできない喜びの前に、めんどくさい思考を放棄して私は温泉を堪能するのだった。
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