私は日比野 友美子

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私は日比野 友美子

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「おい、日比野~。もう一泊()まっていけよ」 「そうよ、せっかくの連休なんだから」 「いや~、家事が鬼のようにたまっているんですよ。その代わり、予約入れてもいいですか?」  予定していないニ泊三日だった。  本音はもう一泊泊まりたいが、このままではいられない。  引きとめる丸木夫妻に、後ろ髪をひかれつつ私は言った。 「おぉ、いいぞ。うちは8月がおすすめだ。蛍と天の川の光のイルミネーションだぞ」 「12月の頭もおすすよ。タイミングが合えば、雪と紅葉の紅白コラボが見られるわ」  息の合っているセールストーク。さすが夫婦だ。  今とても幸せだと、全身で語っている姿がとても眩しい。 「うわぁ。じゃあ、8月と12月に泊まれるよう頑張ります」    また今度。  再会を果たすために、私は現実を戦おう。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「ちょっと、日比野くん。どういうことだねっ!」 「どういうこととは……。彼女が昇進試験をうけることを、君は知っているはずだが? 申請書の承認印に君のハンコも入っているぞ」  狼狽する坂上に、総務部部長(つまり偉い人)の清水が冷ややかに言った。  まぁ、坂上はどうでもいい雑務を宮野あたりに投げていたし、宮野も書類の内容を確認せずにハンコを押していたから、まったく不幸なすれ違いが起こったというワケだ。  流れ作業が楽なのは認めるけど、ちゃんと内容の確認をしましょうね。  あと、日本のハンコ文化は滅びた方が良いと思うの。 「えぇ、ほぼ確定ではありますが、この度、課長に昇進することになりました。就業する部署はこの事務課になります」  にっこり笑う私に、部署内の空気が凍てつくのを感じた。  なにせ、モラハラのターゲットだった私が上司になるなんて、みんなからしたら予想外だっただろう。 「そういうことだ。坂上君には部長に昇進してもらうために、こんど昇進試験をうけてもらう。合格なら部長。不合格なら降格か異動だ。君には期待しているんだぞ」  私と同じく、にっこり笑う清水は、ぽんっと、坂上の肩に手をのせた。 「いやぁ、君がよく彼女が優秀だと褒めたたえた意味がわかったよ。こっちは女性の役職者を増やしたかったから、良い落しどころを見つけてくれて本当に助かった。筆記は問題ないだろうから、面接に力を入れていくからな。人事部長も楽しみにしているよ」 「あ、はい。その……」  実質上、死刑宣告です。  坂上の陰湿さから、事務課(ここ)に異動する以前もやらかしていると踏んでいた。  しかし、会社は労働基準法のせいで、一方的に従業員をクビにすることができない。部署を異動する、降格させる、または退職を遠回しに勧告するしかないのだ。  清水は人事部長と組んで、坂上を面接で追い込むつもりだろう。  この会社にいられないよう徹底的に。  坂上が脱落するのだから、上の席は不動のまま、下の空席に私が座るだけですむ。  ざまぁ(アンド)下克上完了っ! 「宮野さん。ちゃんとこれからは、書類は確認しましょうね」 「は、はい」 「草下さんも、これからは宜しくね」 「あ、は、はい」  大丈夫、私はモラハラもパワハラしないから。  ちょっと仕事のチェックが厳しくなる程度だから。  復讐をおそれて怯える元同僚たちに、私はニキビが治った満面の笑みで微笑(ほほえ)むのだった。  なんで私が、お前らの為に辞めないといけないの?
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