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有無を言わさず部屋に連れ込まれて、ソファーに座るよう命令された。隣に座る西山に手を固く握られているから、逃げ場はある意味封じられたようなものだ。
「言えよ、白石」
「……言えって、なにを」
声以外、音は無いに等しい。それがこんなにも、鼓膜に痛い。
「なあ、いい加減にしろよ」
無理やり手を引かれて、目線さえも捕らえられてしまう。
「もうお前の気持ちはわかってんだよ。お前だってわかってるはずだ、なのになんで言ってくれないんだよ……!」
深く太く刻まれた眉間の皺と揺らめく瞳に心臓がきしむ。痛みを感じ始めた手より何倍も強い力をかけられているようで、吐き出す息が少し乱れる。
「……にし、やま」
目の前の光景が信じられなかった。
泣いている。両の頬をぎこちなく、一粒の雫が流れ落ちていくさまを、呆然と見届ける。
「く、そ。俺、こんな……ばかみたい、だ」
ここまで弱り切った姿を見たことがない。這い上がれなくなる寸前に声を上げて休息するのが常だったはずなのに、今はその声すら出せない状態に陥っている。
……声を受け止める役目は、誰だった?
「……っしら、いし?」
無意識に、自由な腕で目の前の身体を抱き留めていた。
西山がぼろぼろな時すぐに癒やしてやりたいと誓っていた自分自身が、刃を振り回して、気づかないうちに傷を増やすだけの存在になり果てていた。
自らの弱さが、西山にも伝染してしまった。
「やめろ……期待、させんな」
謝罪の言葉は、身を捩る力と声の弱々しさに消えた。伝えるべきものはそもそも、別にある。
震える息を一度吐き出す。西山はどんな反応をするだろう。もっと怒るかもしれないし、呆れて愛想をつかされるかもしれない。
どうなろうとも、みっともない背中を見せ続けるのはいい加減終わりにしないといけない。
「……こわい、んだよ」
あの時言葉にできなかった、臆病な部分を晒す。
「おれは、お前が本当に大事なんだ。お前と一緒にいる時の空気とか、いろいろ、本当に大事なんだよ。それが……恋人になって、変わるのが、怖い」
出会ってから一緒に過ごしてきた時間は一番に相応しい宝物で、これからも形を変えず、宝箱にしまい続けていきたい。それが恋人になったことであらぬ変化が起きて、もし、すべてを失う未来に辿り着いてしまったら?
タイムスリップしてやり直したくなるほど後悔するのは目に見えている。可能性はゼロではない。
「おれは、お前を失いたくないから……隣に、いてほしいから……。ごめん、子どもみたいだよな」
「そんなこと、ない」
耳に届いた声には、いくらか気力が戻っていた。
「早く言ってくれよ、って思ったけど、言えないなって。その気持ちわかるから、余計に」
背中に添えられた両手がゆっくりと上下する。
「俺も同じだったよ。お前を好きになった時は、苦しくて、怖かった。こんなのお前に言えるわけないから……ずっと、ぐるぐるしてた」
確かに、一言で表すなら「不安定」だった時期があった。仕事中すら心ここにあらず、といった瞬間を何度か迎えているほどで、たまらず原因を話すよう訴えても、うまくはぐらかされてしまうばかりだった。
「でも、頭の中でいくら考えても無駄だったんだよ。お前が好きでたまらなくて……我慢なんて、できなかった」
それが、多分、告白だったのだろう。
「……あのさ。恋人として過ごしてきて、お前が言うような変化、あったか?」
よく思い出すのは笑顔。契約なんてなかったかのような雰囲気。
「俺は変わったって思ってない。本物の恋人になっても、お前は最高の相棒だよ。そこは絶対揺るがない」
涙を流して、力なく座り込んでいた男はもういなかった。
「俺たちは、これからも変わらない。そこに恋人っていう肩書が増えるだけなんだよ」
一ヶ月の恋人関係を提案された時は、とても信じられなかった言葉。
でも、今はわかる。今まで築いてきた関係が足元からひっくり返るような変化はない。ほんの少しの変化は、悪い方の変化じゃない。
「……今日はお互い、泣き虫か」
目元に柔らかい感触が触れる。じんわりと熱が広がっていく。
「俺は、白石が好きだ。どうしようもなく、好きだ」
もう、心配することは何もない。ないんだ。
「……すき、だよ。おれも、お前のこと、好きだ」
自分の意思で高く築き上げていた壁が音を立てて崩れていく。
急激に流れ込んでくるのは西山への想い。恋情だけでなく、友情や仲間意識、さまざまな形を成している。
背中に回した腕に力が込められていく。今まで普通だったのが不思議なほど、この男を求めてやまない。愛おしく思う気持ちに押しつぶされてしまいそう。
「しらいし、苦し……っ」
「どうしよう……おれ、お前のことすげー好きすぎて、苦しいよ……」
西山のことを散々振り回した罰が下ったのかもしれない。
言葉で伝えるだけでは、こうして抱きしめ合っているだけでは、満たされない。腹の奥で熱の塊がぐるぐる渦を巻いている。
「お前、なんて顔してんだよ……」
向かい合った先の西山は苦笑するように口元を歪めた。頬を撫でる手つきはとても優しいのに、どこか焦れったい。
自然と、身体が動いていた。
「……っし、ら……!」
かちりと固い音が鳴って、前歯に一瞬痛みが走る。恥ずかしさがもたげかけるも、求める感情にあっさり上書きされた。
「ふ、ぅ……ん……っ」
口端から唾液が溢れるほどに舌を絡ませて、背中を寒気に似た感触が走り抜けても興奮は収まるどころか、さらに加速していく。
もっと抱きしめて。
もっとキスをして。
もっと、触って。
離れていく唇を追いかけて、西山の指に止められる。
「……お前のこと、抱きたい」
静かな口調とは真逆の瞳がふたつ、隠す気のない欲の縄でがんじがらめに縛り付けている。身動きひとつ許さないと言外に警告している。
ためらいなく、全身を西山に押し付けた。愛欲の最も集まる箇所が太股を擦り、覚えのある硬度にむしろ煽られる。
「おれも……お前が、ほしい」
早く、満たして。
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