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自分がちゃんと成功させなければ、あの子はきっとこの雨のように、ずっとやまない涙を流し続けるかもしれない。
何度も転びそうになりながら必死に足を動かし、フルヤは隠れた場所にある古びた祠にたどり着く。周囲は見渡しのいい原っぱだが、普通の人には見えないようになっている場所だ。
フルヤは閉じられている祠を開き、神酒を器に注ぐと、近くに生えている特殊な笹を手でへし折る。思わず呻いてしまうような痛みが掌に走り、フルヤは視線を掌に向けた。
笹を折った時に掌を切ったようで、血があふれ出している。一瞬怯むも、時間がないとフルヤは祝詞を口にしながら必死で笹を振っていく。
ポタポタと赤い雫が雨と共に地面に落ちていくも、フルヤは痛みすら忘れたように一心不乱に儀式を進行し続ける。
自分のせいであの子は、ちゃんと母親を迎えてあげられなかったことを後悔するかもしれない。母親を亡くし、すでにショックを受けているというのに、これ以上の悲しみを与えたくはなかった。
目を閉じて、全身全霊をかけてフルヤは笹を振り続けた。
時間の感覚はすでに無くなり、雨が弱まったことを合図にフルヤは静かに目を開く。
前方には綺麗な虹が掛かり、夕日が虹の中に閉じ込められているようにぽっかりと浮かんでいた。その光景は成功の証だった。
ほっとしてフルヤは膝から崩れ落ちる。地面には夥しい量の血が広がっていて、膝をついた箇所からズボンに赤い染みを作っていく。
自分に足りなかったのは『心』だったのだと、フルヤは気づく。父の言われた通りにやるだけで、本気で梅雨を払いたいとは思っていなかったのかもしれない。
すっかり雨の止んでいる空をフルヤは再び見上げた。梅雨は無事に払えたのだ。
七色の美しい虹と真っ赤な夕日をフルヤは見つめ、今度は安堵の溜息をもらしたのだった。
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