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第2話 古城の相続人達②
喪服の女性は母の妹の美耶子さんだった。
母とは一回り以上歳が離れていたはずだから、まだ30手前か。
彼女に案内され城内を歩く。
豪奢なシャンデリアや、年代ものらしい甲冑に、江間絵が感嘆の声を漏らす。
趣味は悪くないが、有り余る金の使い道は、国が変わろうがどこも同じ様なものだなとも思ってしまう。
骨の髄まで庶民的な俺が気になったのは、踝まで沈み込みそうなふかふかの絨毯の方だった。
本当に靴脱がなくても良いのか?
美耶子さんには、まだよちよち歩きの頃に遊んで貰った、おぼろげな記憶があるが、久方振りすぎてどう接すれば良いのかよく解らない。「叔母さん」というのも失礼な気がしたから――
「美耶子さんは、伯父さんの葬儀には出席したんですか?」
「兄さんの葬儀は執り行っていないわ。弁護士を通して法的な死を確定させている最中」
素っ気なくも、理解不能な返答が帰ってきた。
伯父である織機荒造が、どんな仕事で暮らしを立てていたのかは知らない。だが、広大な土地と古城を所有する程度の名士ではあった訳で。アイルランドの法律や風習は知らないが、葬儀もなしで、書面上だけで物故を済ませてしまえる物なのだろうか?
「――遺体が確認されていないからね」
ちらりと。面紗越しの一瞥とともに、叔母は俺の疑念に返答をくれた。
「……なんだかミステリめいてきたね?」
楽しみなんだか不安なんだか、多分両方なんだろう。幼なじみは声を潜めて囁く。
通された応接室には、強いアルコールの匂いが漂っていた。
匂いの主は、革張りのソファーに身を沈め、磨き上げられたテーブルの上に泥靴を乗せていた。
「美耶子、そいつが最後の一人か?」
どろりと濁った視線が向けられる。
「遅かったじゃねえか。来ないなら来ないで良かったんだがな、俺は」
長く伸ばした髪に、無精髭。胸元を大きくはだけた、だらしないシャツの着こなし。世間的には美丈夫と称される容姿の青年だろうが、退廃と自堕落を体現する造形に俺は、強い嫌悪感を抱いた。
「テーブルから足を下ろしなさい。あなたの振る舞いのおかげで、今ここには一人の使用人もいないのよ!?」
「『あなたの』? 『私達の』の、間違いだろう?」
不快感を隠そうともしない美耶子さんの言葉に、酔漢は手にしたアイリッシュ・ウィスキーのボトルを煽り、くかかと馬鹿にしたように笑って見せた。
「それに、どうせ俺が新しい主になるんだ。使用人ぐらい、腐るほど掻き集めてやんよ」
美耶子さんの言葉を受けてではないだろうが、男はテーブルから足を下ろし、立ち上がる。
「お前が絹枝の息子か?」
結構上背がある。頭上から投げられる不躾な視線は俺を一瞥した後、俺の後ろで縮こまる江間絵にべったりと絡みつく。
「真田貴史。あんたは?」
幼馴染を視線から遮る形で一歩踏み出した俺の応えと問いに、男は馬鹿にしたような笑みを漏らした。
「桐月・E・饗夜だ。あとで美耶子と下に来い。本題はそこでだ」
乱暴に閉められた扉の音に、江間絵がさらに身を竦める。
「下衆が……」
面紗越しでも解る強い視線と共に、美耶子さんが吐き捨てる。
呟くように続けた言葉は、「殺してやる」だったか、「死ねば良いのに」だったのか。
桐月に不快感を抱いた俺でさえ寒気を覚えるような。深い泥の様な悪意を込めたその言葉を、聞き取れなかったのは幸いだったのかもしれない。
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