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第3話 古城の相続人達③
白いクロスの敷かれた20人掛けのテーブルに、俺たち3人だけ着いている。
美耶子さんの振る舞いで、夕食を摂る事になった。
テーブルに並ぶのは、ソーダブレッドにブラックプディング。そして、懐かしくもこの場にそぐわない醤油の香りは――
「肉じゃが?」
「アイリッシュシチューよ」
醤油風味の。大真面目な表情で、そう付け足す美耶子さんだったが、使われている肉が羊である事以外、どう見ても肉じゃがだ。当主が日本人だったから、日本の調味料がストックされていたらしい。
「やっぱり、おばさんに似てるね」
「……そうか?」
面紗を外した美耶子さんを目にし、幼なじみが耳打ちする。
目鼻立ちは似ているのかもしれない。だが、実の兄を失ったからか。何かが抜け落ちたような空虚な表情と、そこに何かが嵌り込んでしまったかのような、時折見せる熱病めいた眼の光。俺にはそれが気に掛かって仕方ない。
夕食を用意して貰っておいてなんだが、美耶子さんはどこか上の空で、至極盛り上がりに欠ける食卓だった。江間絵は土地のフォークロアの類を聞き出せないかと水を向けていたが、残念ながら俺たちと入れ違いに城を出た執事が、その手の話に最も詳しい人物だったらしい。
数年ぶりに会った親族と、当たり障りの無い世間話を続けられるほど、俺たちは世知に恵まれていない。必然的に、俺たちがここに来る事になった手紙と、この場にいない不愉快なもう一人が話題の種になる。
「実のところ、呼び寄せられたのは私達3人だけじゃなかったの」
美耶子さんが煎れてくれた紅茶を飲みながら、耳を傾ける。織機の手紙を受け取った者は十数人はいたはずらしいのだが、父さんのように真面目に取り合わなかった者が半分、残りの半分はこの城に来たものの、全ての権利を放棄して既に帰ってしまったらしい。
「最初に来ていた、あの男がそう仕向けたのよ」
桐月・エドガー・饗夜。荒造伯父の兄の息子。俺にとっては従兄弟に当たる存在らしい。名前を聞くのも初めてだったが、それは幸いな事なのだろう。フィクサーを自称し、怪しい筋とも深い付き合いのある胡乱な男だという。実際、勘当された身のはずなのに、父親の死後他の兄弟を押しのけて家督を継ぎ、胡散臭い取り巻きを引き連れて、この城に乗り込んできたらしい。
「ただでさえ謎めいた話なのに、あんな厄介な男の仕切りで遺言がまともに執行されると思えて?」
長年勤めていた使用人ですら皆暇を取り逃げ出すくらいだ。何があったかは想像が付く。念の入ったことにただ追い払うのではなく、招待者にも使用人にも、城を去る者には少なくない金を握らせたのだそうだ。
「美耶子さんは何故残ったんです?」
それは赤裸々な殺意――
何気ない俺の問いに返された、叔母の強い視線に込められた物に、思わず身を竦ませる。
「あの子を置いて行ける訳ないじゃない」
呪詛の如く磨り潰された言葉に、総毛立つのを禁じ得ない。俺だけの思い過ごしではない証拠に、隣でカップを取り落とした江間絵が、慌ててハンカチでテーブルクロスを拭っていた。
「……あの子?」
叔母は恐縮する江間絵を座らせ、テーブルの片付けを始めた。その表情は空虚なそれに戻っている。
先ほどの強い感情が、桐月だけに向けられた物ではないように感じて。
その意味を問いただす勇気もないまま、俺はその作業の間中、ただ椅子の背に縫い付けられでもしたように動けずにいた。
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