第6話 幼なじみ

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第6話 幼なじみ

「狂ってる! みんなどうかしてるよ!!」  俺に割り当てられた客間のベッドの上で、幼なじみが枕を相手に荒ぶっている。  全くもって同感なのだが、いつまで俺の枕を虐待し続けるつもりなんだろう。  こいつにもちゃんと部屋は割り当てられたはずだが……。  シャワーを浴びたくらいでは、地下でのおぞましい記憶を洗い流せるはずも無く。俺の部屋を訪れた江間絵は、先程からずっとこの調子で憤っている。  血の気の引いた顔で固まった彼女を、半ば抱きかかえるようにして地上まで連れ出した後、しばらくトイレに篭り切りだったことを思えば、この回復は喜ぶべき事なのかもしれない。  治まる気配の無い江間絵の怒りに、お座なりに頷きながら、俺が考えていたのは、屍織姫の事だった。  桐月の話をどこまで信じるかは別として、彼女がこの城に囚われ凌辱を受けているのは紛れも無い事実。助け出すべきだ。  警察等の、公権力に訴える事はどうだろう?  逃げ出した使用人達が、まともならきっと通報している。いや、まともだからこそ桐月達から逃げ出したのだから、通報されていない訳が無い。  だが、彼女は桐月や美耶子さん、俺達が来る前から城にいた存在のはず。虐待はともかく、幽閉は自明ではあるが不可触な事案であったということか? 桐月の口にした企業体の数々。生前の荒造伯父の政治的影響力を考えれば、ありえない話ではない。  一体、いつから?  ――幼い頃の記憶が過ぎる。歳もとっていない? 本当に、不老不死の存在なのか?――  いや、それは今考える事じゃない。ループしかける思考を、頭を振ってリセットする。  父に連絡して、日本から手を回して貰うのはどうだろう? 現実的に思えるが、時間が掛かるし、なにより桐月に知られれば、父の身にも何があるか解らない。  それじゃあ、奴の仕切りで相続権争いに乗るのか? 曲者は桐月だけじゃない、美耶子さんも到底正気とは言い難い。おまけに、来訪を予告された『魔女』とやらがどんな存在なのかも分からない。ただの高校生には危険すぎる。  正気な人間はみんな降りたんだ。なら、その理性ある誰かが救う手立てを講じている事に期待するか……。  無理矢理結論を出そうとするも、それが自分に対するごまかしである事はとっくに解っている。  誰も何もしていなかったら? 彼女をずっとあのままにしておくのか?  幼い頃の約束も守らないまま?  答えを出し切れないまま、黙考する。  静かになったなと、ふと視線を上げると、ベッドの上で枕を抱えた江間絵と目が合った。 「そろそろ休もうぜ?」  小さな幼なじみはぱたんと倒れ、枕を抱えたままもぞもぞとシーツに潜り込む。  「自分の部屋に帰れよ!」 「一緒に寝てもいい?」  震える語尾に気付いてしまっては、重ねて帰れとは言えなかった。  灯を消し、ソファに横になる。  シーツから、小さな手が出ているのが目に付いた。  7、8年振りか。すぐに思い出す。寝る前に、怖い映画を見た時なんかに、必ず手を繋いで眠った事を。  ソファのクッションを枕代わりに、ベットの横に寝転がる。コートを掛ければ風邪をひく事もないだろう。  頼りなく揺れる小さな手を捕まえる。  ああ、姫ばかりじゃなく、こいつの事も忘れちゃいけないな。 「帰れよ……」  お前の身に何かある前に。無関係でいられるうちに。  略した言葉は伝わったはずなのに、ベットからの返事は無かった。  ただ強く握り返してくる。  繋いだ手を離さぬまま、俺はいつしか眠りに落ちた。
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