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肝試しの夜
中学2年の夏に行われる行事、林間学校。その1日目の夜のメインイベントが、この「お楽しみレクリエーション」だ。実行委員が話し合って決まったというイベントは、当日のこの瞬間まで秘密にされていた。
早めの夕食を終えて部屋に戻ったと思ったらすぐにホールに集合させられ、空が夕暮れから藍色のグラデーションを描く中、木々の間を歩いていく。
集合場所の空き地では虫の声が物悲しく響いていた。
クラスごとに整列した俺たちは、林間学校実行委員の「お楽しみレクリエーション」の発表を聞いた。
「コースを説明します。ここを出発したらまっすぐ歩いて行って、川を渡ってください。そしたらお墓があるのでそのわきを通って、その先にあるトンネルに入ります。えー、ここからが大事ですよ。よく聞いてください。トンネルの中にテーブルがあって、その上におはじきが置いてあります。それを一つ取っていってください。トンネルを抜けたらそのまままっすぐ歩いていって、赤い滑り台のある公園がゴールです。高橋先生が待っているので、先生におはじきを渡してください」
林間学校実行委員がカンペを読み上げる。
そう、そのイベントとは、肝試し。
「では、今からペアを作ってください! 制限時間は5分です。では、はじめー!」
ストップウォッチを掲げ高らかに宣言する実行委員。ウソだろ、くじ引きとか用意してないのか。普段一人で過ごしていてグループに属してない人間にはハードルが高すぎる。タダでさえ独り言が多いとか言われて敬遠されているのに。うわ、どうしよう、どうしよう。周りはキャアキャア騒ぎながら着実にペアを組んでいる。実行委員が「あと1分でーす」とのんきに声を上げている。
そして1分後。
驚いたことに、オレは女子とペアを組んでいた。うつむいて俺の服の袖にちょん、と触れる彼女。こんなシチュエーション初めてだ。いまだかつてないほど動揺していた。
前の組が進み始めてから2分後に次の組が出発するという。2分もたつと、もう前の組の姿は見えない。
「はい、次のペア、いってらっしゃーい」
実行委員に見送られ、俺たちも進み始めた。
ヒグラシの鳴き声で頭が割れそうになる。涼やかに流れる川を渡り、お墓の脇を通る。お盆が近いからだろうか、花が供えられたお墓もいくつかある。線香の匂いが鼻腔をくすぐった。
彼女はうつむいたまま、そっと俺の後ろをついてきていた。俺は時々振り返りながら、彼女がついてきているのを確認した。
言葉を交わすことなく、俺達は歩いていき、トンネルへと入る。渡されていた懐中電灯で足元を照らしながら、おはじきがおいてあるというテーブルを探す。
彼女の手が僕の腕に触れた。ひんやりと冷たい。
「……あの、一緒に行ってくれてありがとう」
か細い声が聞こえた。
「別に、いいよ。ちょうど、相手がいなくて困ってたし」
ついつっけんどんな言い方になってしまう。彼女のことはあまり意識しないようにしながら、左右を懐中電灯で照らす。あ、あった。
昔懐かしいガラスのおはじきを一つポケットに入れて、さらに進む。外と違ってトンネルの中は肌寒くて、つないでいる手も負けず劣らずひんやりしていた。
視界の先に光が見えた。もうすぐトンネルを抜ける。
「あのさ、一つだけ聞いてもいい?」
「うん」
「どうして、俺を選んだの?」
念のために、聞いておこうと思っていた。ある程度、予想はついていたけれど。
「君が、私に気づいてくれたから」
やっぱり。
そっと懐中電灯を向けた。俺の中学とは違うデザインのジャージ。クラスにはいないショートボブの髪。細い腕。青白い顔には、痛々しい傷跡があった。何があったかなんて、申し訳なくて聞けない。
「私……置いていかれていたの。……だから、今度こそ、最後まで連れて行ってほしい」
「わかった」
昔から霊感があった。かすかだけど、言葉が聞こえることもあった。相手によっては会話もできた。聞こえるものを無視することは難しい。だから、力になれないかと思って話しかけることもあった。はたから見ればただの独り言だったけれど。
トンネルを抜けて少し歩くと、遠くに滑り台のシルエットが見えた。あたりはずいぶん暗くなってしまっている。
「もうすぐだよ」
「うん」
彼女の声はほとんど聞き取れないほど小さくなっていて、でも明るかった。
「こっちだよー、こっちこっち!」
ゴールで先生が手を振っている。
安堵のため息をつく気配がした。もう、大丈夫だ。
「お疲れ様。よく頑張りました。トンネルは怖くなかった? テーブルは見つかったかな」
俺たちを出迎えた先生は、ほかの生徒と変わらない態度でねぎらってくれた。
おはじきを渡して、先に到着していた生徒たちにそっとまぎれる。
そうして、肝試しの夜は無事に終わった。
後日、ある疑問が持ち上がった。肝試しの参加者は奇数だったのにどうしてみんな二人組を作れたのか、というものだ。
その答えを知っているのは、今は俺ただ一人だ。
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