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 リストラの話が信憑性を増して来た。 「リストラ、避けれないんですかね」  自販機コーナーでセトさんに会ったので、僕は聞いてみた。 「会社の成績が思いのほか悪いようだからねえ。難しそうだね」  セトさんはペットボトルの茶を飲むと、そう言って溜息をついた。セトさんは課長より年上だがまだ係長だ。多分、定年まで係長だろう。お人好しで世話好きで、人を押し退けて出世しようとは思わないからだろう。僕はそんなセトさんの性格が好きだ。 「そうですか、じゃあ僕なんて、真っ先に馘切られますよね」 「そうだな」  と、セトさんはあっさり認める。 「そう、あっさり言わないでください」  僕は苦笑した。 「でも諦めるなよ。こんな話があるんだ。俺が若いころ、二十年ほど前の話だ。バブル経済が崩壊して、会社が倒産の危機になったことがある。あのころもリストラの話が出てきて、社員は覚悟したもんだ。ところが、間もなく会社の業績はⅤ字回復。一人の馘切りもなく乗り切ったんだ。俺は奇跡が起きたと思ったよ。だから、今度も上手くいくんじゃないかと思うんだ」 「だといいですね。運が良かったんですね」 「運か、この会社は運がいいのかも知れないな。この会社は過去に何度も危機に会ったけど、その度に奇跡的に立ち直ったと言うんだ。おれが入社した時、そう先輩から聞かされた」  万年健康食品の起源は江戸時代から続く薬問屋だ。江戸から昭和を通してかなり手広く商いをしてきたという。しかし、現社長の祖父である先々代の社長が健康ブームの到来に目を付けて、健康食品に進出した。これが当たった。会社は急成長。現在の本社ビルは薬問屋時代の社屋の跡地に建てられた。会社紹介のパンフレットにはそう書かれている。さらっと書かれてるけれど、この会社にも僕が知らない浮き沈みがあったんだな。 「ところで、セトさんは開かずの部屋のこと知ってます?」  先日のことを思い出したので、聞いてみた。 「開かずの部屋って?」 「あの一階の資料室と倉庫の向こうにある部屋のことです」 「あれが開かずの部屋か。そう言われれば、何に使ってるんだろうな。ドアに部屋のプレートもないし。何か気になるの?」  セトさんはちょっと首を傾げて聞く。 「ええ、何の部屋なのかなって」  ずっと忘れていた開かずの部屋への興味が、最近またぶり返した。 「カワカミ顧問の私用の資料室じゃないのかなあ。だからプレートを付けてないのかも知れないな。俺が残業して帰る時に、あの部屋がある廊下から出てくる顧問に会ったことがあるんだ」  カワカミ顧問は亡くなった前社長を支えて副社長として働いていた人だ。一線を退いた後も現社長の相談役として、時々会社に顔を見せる。そして、彼のお父さんは、万年健康食品が薬問屋時代に番頭として現社長のお祖父さんを支えたという。親子二代で会社に貢献してるというわけだ。  あの日、カワカミ顧問が開かずの部屋に来たのだろうか。あんなに遅くに資料を探しに来たのだろうか。
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