ウェストミンスターの吸血姫

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 どこまでも深い暗闇と白い霧が、都市全体を包み込んでいる。  視界はその淡い灰色に遮られ、道行く人々の標となるのは闇の中で弱々しく輝くガス灯の光だけだった。  体を芯から底冷えさせる寒気と、物音一つ、囁き声さえ聞こえぬ静寂。まるで牢獄を思わせるような、不自然なまでの森閑だ。  背を縮ませ足早に、家族の待つ安息の場へと一刻も早く戻りたい。  皆がそう思っていて、それは今この場に於いてこれ以上ないほど合理的な判断だった。  何故なら、この広場には確かに狩人と呼べる者が現れるからだ。  この都市は今、恐れていた。  ここに住む誰もが暗闇に紛れ、霧の中に溶け込むことで自らの姿を可能な限り目立たせぬようにしていた。  1902年12月――――このロンドンに、吸血鬼が現れると言う噂が流れ出したのは何時の話だっただろうか。
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