ウェストミンスターの吸血姫

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 目撃談は、全てこのトラファルガー広場から半径200m以内に留まっている。  曰く、霧に紛れてその白い牙が光っていた。建物の上から赤黒い血液が垂れ落ちてきた。黒いマントの男に追いかけられた。  そんな噴飯ものの下らぬ与太話を、誰もが信じている。  無論、初めのうちは一考の余地すらない馬鹿馬鹿しい風聞であると、皆が思った。  だが、実際に襲われた者が出れば話が変わる。  それも一人ではない。ある者は肩を鋭い爪で抉られていたし、ある者は人ならざる怪力で殴り飛ばされていた。  だからこそ怯えているのだ。今はこの狭い範囲の中でのみ行動が確認されている吸血鬼だが、いつそれが拡大するかは誰もわからない。  民衆が次は自分かもしれないと、恐怖するのは当然だろう。  だが――――。  その恐怖の対象である当の本人たち、つまり件の吸血鬼の男女は、そのようなこと微塵も考えていなかった。  否、物理的に不可能なのだ。彼らは動けない。  トラファルガー広場からそう遠くない廃屋の一室で、ただ寄り添い合うだけ。  何故なら……この吸血鬼の番。片割れである男は、その生を終える寸前であったから。
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