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列車が駅に着き、発車してから、車内は異様な臭いに包まれた。
一人の浮浪者が、ふらふらと、通路を歩いて裕子の近くまできた。
男から逃げようと、乗客がみな他の車両へ移った。
男は裕子の隣に座った。
鼻が曲がりそうだ。
裕子は立ち上がり、窓を開けた。
なぜ、自分は逃げないのか。
裕子にもわからない。
ただ、この男もひとりなんだなと思った。
蓬髪で表情がよくわからないが、背筋のよいところをみると、意外と若いのかもしれない。
男は前方を向いて、黙ったままだ。
夕日が山の向こうに沈んだ。
景色はたちまち暗くなった。
星が空を埋めはじめた。
男が、手を伸ばし、裕子の左手を握った。
皮膚の厚い、ごわごわした手だった。
裕子は窓の方を向いた。
手は男に握らせたままだった。
列車は停車と発車を繰り返し、上昇しはじめた。
下方に月が見えた。
裕子はずっと男といようと決めた。
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