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Ⅰ
若い男と幼子が、山道を下っていく。
「お腹すいたなー。ねえカイ、今度の街はいつまでいられるの?」
六、七歳に見える男の子が、黒目の勝ったまるい目で男を見上げた。粗末な衣服に、肩には身のまわりの物が入っているのであろう小さな袋。
「金がたまるまで」
こたえた背の高い男は、二十代半ばといったところか。子どもと同じ黒髪だが、このあたりでは見かけない白い肌と、彫りの深い顔立ちが人目をひく。伸ばしっぱなしらしい長い前髪からのぞく、気怠く細められた瞳も、よく見れば淡い色。背中には大きな荷物を担いでいる。
「たまにはゆっくりしようよ。僕、友だち作って遊びたい」
男の子の言葉に、
「……ここでは無理だな。ガキは多分、皆逃げちまってる」
眼下の街に目をやりながら、カイと呼ばれた男がつぶやいた。
かつては栄えていた街並みは、その多くを爆撃で失っている。たまに、崩れかけた建物の間に人が出入りするのが見えるのは、わずかに残った住居や商店だろう。
「……ほんとだったんだね。“レジスタンスの街”って」
街を見下ろし、子どもがため息をついた。
「“雲の街”ってのもな」
反政府活動の拠点として知られるこの街は、男の言う通り、地形のせいか曇りの日が多いことでも知られている。
「……降られる前に行くぞ、チビ」
「もー、チビって呼ばないでよ。僕、もうすぐカイより大きくなるんだからね!」
「そいつは楽しみだ」
厚く垂れこめた雲の下、ふたりは破壊された街へと歩みを進めた。
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