01.「ピンクの無い花束」

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ただの店員にこんな風に自己紹介してくるのって普通なんだろうか。あまりに人懐こい雰囲気に、やはり私は逃げ出したくなった。でもお得意様だし、接客は全く向いていないのに雇ってくれた仁美さん達に、感謝をしていないわけでは勿論無い。 「…い、いつもありがとうございます」 張り付いた笑みを浮かべて一礼すると、目の前の男は声を出して笑う。何この人。失礼では? 「良いね。梶さん。“え〜なんか絶対に変な人そう〜でも多分常連だし頑張って挨拶くらいは…“って思ったでしょ」 「イ、イエ」 「分かりやすくて大変よろしいです」 未だにクスクスと笑って目尻に浮かんだ涙を拭う男は、全く望んでいない謎のお褒めの言葉をくれる。私の心の声を表現する時の高い声も絶妙に腹立たしい。 「店長を呼んできますので、お待ちください」 「あ、怒った?ごめんね、面白がったけど悪気はないんだよ」 つっけんどんに伝えた私に、軽く謝罪をしてくる男は未だ笑いを抑えられていない。悪気の無い面白がり方とは、一体どんなものなのか教えてほしい。 「この人本当に知的か?」と仁美さんに問いただしたくなる。最初見た時に気品があると印象付けた自分にも後悔をした。振り切るように店の奥へ足早に進む背中越しに、未だ男の楽しそうな笑い声が聞こえていた。
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