01.「ピンクの無い花束」

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「――僕多分、梶さんのことも好きになると思うなあ」 「………は?」 こちらは、失礼な態度しか取っていない自信しか無い。あまりに不可解な言動に思わず顔をあげてしまった。笑顔の男が胸に抱える花束は、色とりどりの桔梗。その鮮やかさに引けを取らないくらいにニコニコと色の付いた表情で告げられたそれに、私は呆気にとられる。この男はもしかして、いやもしかしなくても、危ない奴なのでは無いだろうか。大学教授なんて立派な肩書きと、甘いルックスに油断していたけれど、世の中怪しい人間なんて山程居る。危機感を抱えて急いで男の後ろに居る仁美さんに助けを乞う目線を向けた。 「東明さんから告白!?カジカジ羨ましい!!」 「……」 後ろでそんな風に私と男へ告げてくるうちの店長には取り付く島もなかった。ダメだ、あの人は全然頼りにならない。不審者から、普通は従業員を守ってくれるものなのではないのか。雇用関係をもっとしっかり確認しておくべきだった。 再び目の前の男を睨むように凝視する。もう怪訝そうな自分の顔を隠すこともせず、ジリジリと少しずつ後退りをする。そんな私の様子を暫く見つめた男は、ふと綺麗に息を吐いて、空気を無邪気に震わせた。 「梶さん、猫みたいだなあ。毛が逆立ってる感じ」 「……な、なんなんですか」 ふわふわと男が気まぐれにつまびく声は、五線譜なんてものでは勿論表現できないし、全く真理も掴めない。 「…梶さん。素敵な花束ありがとう」 「……は?」 そうしてやはり全開の笑顔を見せた男は、壊れものを扱うような慎重さで胸に抱える花束を少しだけ持ち上げる。ジュートクロスと淡い紫色の紙を重ねて包まれたその"素敵な花束"とやらを作ったのは勿論、私では無い。作ったのは、何故か知らないけど悔しそうにじとり私たちを見つめている仁美さんだ。意図が読めず、眉間に皺を寄せた。さっきからずっと、この男に会話の主導権を握られ、ひたすら惑わされている。
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