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失ったものの大きさに、こうして時々、心臓を鷲掴みにされる痛みが走る。
思い出は、優しく寄り添ってくれるばかりじゃなくて、どうしようもない寂しさをもたらすものがあると、痛いほどに知ってしまった。
そんな風に辛くなるくせに、だけど絶対に忘れたくは無いとも思ってしまうから、あの人は本当に、居なくなってからも厄介だ。
でも俺がそう思う時、腕の中の女も必ず同じ気持ちを抱いていると、分かるから。
「桔帆。今度、海行くか。」
「…ほんと?」
必ず命日には行くようにしていたけど。
「別にいつ来てくれても構わないんだよ?」と、なんとなくあの人が呼んでいる気がした。
「その時また花も持ってくなら、城山さんにお願いするんじゃなくて、お前が作れば。」
「…私、まだブーケ作るの下手だよ。」
「これから何回でも見せにいけば良いだろ。
俺が連れて行く。」
「綾瀬は、結局ずるい」と涙声でまた呟いて、了承の代わりに俺の背中に回る細い腕に、更に力がこもったのをただ暫く、感じていた。
「…お前、そういえば昨日どこで寝た?」
「え。リビングのソファ。」
「馬鹿かお前は。
寝室がすぐそこにあるの見えないんですか。」
「…み、見えてるし。
でも家主を差し置いて、1人でベッド使うのは違うでしょ。」
「じゃあ俺と一緒に使うんなら良いの。」
「っ、」
最後の発言にガバッと顔を上げるのも予期していた通りで、逃すことなく柔らかい唇に再び熱を落とす。
「…わ、私、明日もインターンある。」
「ふうん、俺は休み。
誰かさんのせいで、放置されるけど。」
「綾瀬、まって、」
さっき“なにもしてこない“だの何だの言ってたくせに
顔中にキスを落としていく俺に、急に慌て出すこの女に、とっくに振り回されている。
華奢な身体を抱き上げて寝室に向かおうとすると、恐らくいろんな考えを巡らせて百面相している赤面の女に、らしくなく声を出して笑ってしまった。
「な、なに笑ってんの。」
「今日は一緒に寝る、だけで我慢するけど?」
「今日は…」
「最後の日は、インターン無いだろ。
流石に諦めてもらうから。」
「……は、い。」
最後は従順にそんな返事をしてくる女にやっぱり笑って有言実行を誓うように唇に触れようとしたら、俺の首に腕を回す桔帆の方から唇を寄せて、辿々しく触れてきた。
そうしてゆっくりとした動作で離れていくまで、身体を全く動かせなかった。
近い距離で視線が混ざり合うと、もうずっと真っ赤な顔の女が困ったように、はにかむ。
出会った頃は絶対に見せなかった表情だと考えれば、大きく鼓動が打たれてしまう。
「綾瀬。」
「なに。」
「……おかえり。」
今更ながらそんな風に、この女からの出迎えの言葉を久しぶりにきちんと受け取って、返事の代わりにまた飽きることなく唇を重ねた。
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