01.「ピンクの無い花束」

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_________________ ________ ドラマチックな出会いなんて、人生の中で一度でも経験出来ることの方が稀だと思う。今思い出してみても、その出会い方だって何一つ劇的なものは無い。 梅雨入りが発表されて天気予報には連日、傘のマークが並ぶようになった1年前の6月の頃。 「(かじ)ちゃん、ちょっと休憩しよっか!」 「…その台詞、30分前にも聞きましたけど」 「唯一のバイトちゃんが冷たい・ツレない・距離が縮まらない…悲しい」 およよよ、なんて態とらしく自身のシャツの袖で涙を拭う仕草を披露しながら謎の3拍子を伝えてくる彼女を他所に、私はバケツの中の切り花を1つずつ確認する。水の吸い上げ具合で、花が美しく保たれる期間は大きく変わるのだ。 「父の日も無事に終わって、ちょっと落ち着いたんだしさあ。たまにはゆっくり語りあおうよ?」 「仁美(ひとみ)さん、さっき電話でブーケの注文受けました。誕生日用だそうです。要望含めてメモをレジのところに貼ってるので直ぐに確認してください」 「あ、はい」 「本当にツレない」と頬を膨らませた彼女が渋々店の奥へと歩く姿を見つめ、1つ深く息を吐き出した。 ――此処は、私がアルバイトとして働く花屋。丁度1ヶ月前、制服姿のまま「雇ってほしい」と急に店先で話しかけた私に驚いた表情を向けながら、でも笑って「奥で話を聞こうか」と言ってくれたのが先程からめげずに話しかけてきていた、店長の城山(しろやま) 仁美さんだ。 「どうして働きたいの?」という彼女からの質問の答えは、最初から決まっていた。 『お金が欲しいからです。早く、自立したいんです』 『いやいや、花が好きだから、ってまず社交辞令でも言わない?』 『此処を選んだのは勿論、花が好きだからです。 だって花は、――――――』 好きの後に繋げた私の言葉に、仁美さんは目を開いて神妙な顔つきになった。「そういう理由が出てくるかあ」と独白した後、堅く唇を結ぶ。そして何か逡巡するように天井を仰いで息を吐きだした。 『分かった、良いよ』 『……え』 『何驚いてるの』 『いや、だって、そんな即決で良いんですか』 『そっちが乗り込んできたんでしょうに。それに、なんか不健康な顔した梶さんが、思いっきり笑うところも見たいなって思ったんだよね』 不健康な顔で悪かったな、と口には出さずとも険しい表情に書かれていたらしい。愉しそうに笑い声を上げた彼女は、本当に私をその場で採用して次の週からのシフトまで組んでくれた。
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