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トン、トン、トン……
アパートの部屋のドアをノックする、その礼儀正しいとも思える控えめな音に。純一は密かに、嫌な予感を抱いていた。乱暴にドアを殴りつけるような粗野な感じでもなく、門前払いになるのを予想してビクつきながらというのでもなく。そのノックの仕方は、ベテランというか、その発する音の主がかなり熟練した者だという雰囲気を醸し出していた。
元よりセールスの類は一切受け付けないつもりでいる純一であったが、この訪問者は追い返すのに少々手こずるかもしれない。そういう思いを抱かせるに充分なノックの音だった。
「どちら様ですか?」
鍵は掛けたまま、純一はドア越しにその訪問者に問いかけた。帰って来た言葉は、やはり予想した通り非常に落ち着いた抑揚であり、「決して怪しい者ではありません」とでも言いたげな口調であった。
「突然お伺いしまして、申し訳ありません。今日はあなたにとって、とても有意義なお話をお持ちしました」
まあ、セールスとしては至極ありふれた謳い文句ではあるが。それもかなり「言い慣れている」といった感じを伺わせた。おそらくは、どう見ても高級とは言えないこの安アパートで、しかも返答してきたのが学生っぽい若い声だったと言うことで。ドアの向こうの「訪問者」も、これはいけそうだという手ごたえを掴んだのかもな。
純一はしばし、ドアの前で考えていた。こいつは、ちょっとやそっとじゃ引き下がらないかもしれない。まともに相手にしない方が賢明かな。
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