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……。何だって? こいつは今、なんて言ったんだ。自分の聞き違いであってくれ、純一はそう思いながらもう一度聞き返した。
「あなたを、なんですって?」
しかし、帰って来た答えは。相変わらず丁寧な口調の答えは、先ほどと変わらぬものだった。
「私を、殺してください。そう言ったんです。手段は問いません。先ほどのお金は、その謝礼です。それでまだ足りないと言うのでしたら、もっと差し上げます。とにかく、あなたは私を殺してくれればいいのです。お願いしたいのは、そのことだけです!」
こいつはやっぱり、頭がおかしい。純一は確信した。でなければ、相当に性質の悪い冗談だ。ドッキリカメラかなんかで、ドアを開けるとリポーターやカメラマンがぞろっといたりするのか? それにしたって悪質過ぎる。
純一は、郵便受けに放り込まれた札束を押し戻そうとしたが、上手く逆向きには出ていかなかった。業を煮やして、閉ざしたままだったドアを少しだけ開き、そこからこの「頭のイカれた」訪問者に向かって札束を投げ返そうと思ったのだが。その、少しだけ開けたドアのチャンスを、訪問者は逃さなかった。持っていたスーツケースの端を、がしっとドアの間に食い込ませたのだ。
「何をするんですか!」
その突然の行動に、純一は思わずカッとなって叫んでしまったが。訪問者の方は、相変わらず丁寧な、そして飄々とした口調で純一を口説き続けた。
「あなたにとって有利なお話だと、申し上げているでしょう? 私を殺してくれるだけでいいんですよ? なんだったら、そのための道具も用意して来てますから。このスーツケースの中から、お好きなものを選んで下さい。ナイフ、金槌、首を絞める荒縄、さすがにピストルは用意出来ませんでしたが、毒薬に近いものも取り揃えてあります。どうぞ中をご覧になって、あなたがこれぞと思うものを……」
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