俺を殺してくれ

5/11
前へ
/11ページ
次へ
「いい加減にしろ!」  純一はその変わらぬ丁寧な口調が、逆に癇に障り。押し込まれたスーツケースを無理やり外へ押し出し、バタン! とドアを閉めた。……つもりだった。しかしドアは、何か「ぐきゃっ」という嫌な音を立てて、完全に閉まることを拒んだ。スーツケースの代わりに、何かがドアに挟まれたのだ。もっと何か、柔らかいものが。  純一は、酷く嫌な予感に襲われながら、恐る恐る挟まれたものを見た。それは、訪問者の指だった。そいつの人差し指と中指、そして薬指の三本が。無理やり閉めようとしたドアに挟まり、普通とは逆の方向に捩れ曲がっていた。 「ぐわあああ! うぐぐぐぐ……」  閉めかけたドアの隙間から、訪問者の悲痛な声が漏れ聞こえてきた。さすがに純一も、このままドアを閉め続けることは出来なかった。 「だ、大丈夫ですか?」  純一はドアをもう一度開き、この時初めて、訪問者の顔をまじまじと見た。まだそれほど歳は取っていない、二十代の後半くらいだろうか。髪はきっちりと整えられ、スーツの着こなしもきちんとしている。ぱっと見た感じは、ごくありふれたセールスマンとしか思えないのだが。ただ、こいつの言い出した事だけが明らかに常軌を逸していたのだ。 「大丈夫、じゃないですよ……こうやって、痛めつけてから殺すのがあなたの趣味なんですか? それならそう言ってくれれば、こちらも心の準備が出来ますのに……」  訪問者は、ぐにゃりと力なく逆方向に折れ曲がったままの指を、純一の面前にかざしながら言った。苦痛にうめきながらも、そいつはまだ顔に笑顔を取り繕っていた。やっぱり、こいつは頭がイカれている。完全に。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加