俺を殺してくれ

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 振り返ってあいつの顔を見たら、もう逃げられない。そうなったらお終いだ! なぜかそんな気がしたのだ。ただひたすら前だけを見つめ、純一は走り続けた。 「私を殺して下さい! 殺してくれ! 殺すんだ!」  背中に襲い掛かるその声に、言い知れぬ恐怖を感じながら、純一は走った。逃げていく純一と、追いかけてくる訪問者とを、道行く人々が不思議そうに見つめていた。なぜ誰も助けてくれないんだ? 俺が追われているのは明らかだろう? それとも俺が何かしでかして、あいつから逃げていると思っているのか。馬鹿な。そんな馬鹿な!   しかし、純一にはそれを周りの人々に説明している余裕はなかった。今の純一には、あいつから逃げることしか考えられなかった。すると、背後から突然、意外な言葉が聞こえてきた。 「そいつを捕まえてくれ!」  ……何だって? 純一が、訪問者その言葉に驚くのと同時に。まるで申し合わせたかのように、それまで傍観者だった周りの人間が、純一の前に立ちはだかった。嘘だろ、嘘だろ? 純一がそう思う間もなく、純一の体は立ちはだかった人々によって取り押さえられた。 「放せ、放せよ!」  純一の叫びも虚しく、多勢に無勢、一人の男が純一を羽交い絞めにし、もう一人が右手を、そしてまたもう一人が左手をがっしりと掴み。純一はあっという間に身動き出来なくなっていた。懸命にもがく純一の前に、あの訪問者が、尚も額から血を滴らせながら、ゆっくりと近づいてきた。
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