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「逃げなくてもいいじゃないですか……これは、あなたにとって、『有意義なお話』なんですよ?」
訪問者は純一に、なぜか誇らしげにそう告げた。それはきっと、純一を押さえ込んでいる人々に対しての言葉でもあったのだろう。訪問者は、血だらけの顔を、純一の顔に接するかというほどに近づけてきた。なぜ、わからないのか。そう言いたげに。
「さあ。これで、私を殺して下さい」
訪問者は買ったばかりのような、ギラリと光るナイフを懐から取り出した。羽交い絞めにされた純一は、イヤイヤをするように、首を左右にふるふると動かすことしか出来なかった。
「なんでやらないんだ?」
純一を押さえつけている男の1人が言った。
「可哀相に、血だらけになってるじゃない……」
押さえつけられている純一よりも、血を流している訪問者に同情するかのように、通りすがりの老婆が言った。
「ひと思いにやってやれよ! それが思いやりってもんだろ?」
先ほどからこの騒ぎをずっと見つめていた、通行人の一人が叫んだ。それをきっかけに、純一と訪問者を取り囲んだ野次馬の群れから、シュプレヒコールが湧き上がった。
「こーろーせ! こーろーせ!」
訪問者は、まるで舞台俳優がスタンディングオベーションの拍手に応えるかのように、声を張り上げる野次馬に向かって深々と頭を下げた。みんな、狂ってる。どうしちまったんだ。みんな狂っちまった! 純一は身動き出来ない体勢のまま、そう思っていた。
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