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「パパって、ママのどこが好きになったの?」
好物のカキフライが、少し苦く感じた。爛々と瞳を輝かせる娘には少し待ってもらって、久しぶりに食べるカキフライをしっかりと味わってからゆっくり嚥下した。
なんとも返答に困る質問だ。先月に誕生日を迎えたから、娘の年齢はちょうど10才。「クラスの男子は子どもっぽい」が口癖の、ませたお年頃だ。
これが朝食での出来事であれば「ほらほら、学校に遅刻するぞ」とお茶を濁せるのだが、今は午後7時。「ほらほら、もう寝る時間だろう」作戦を使おうにも、やや早い時間だ。
隣に座っている妻をチラリと横眼で見てみる。すましたようにサラダを啄んでいるが、どこか期待したような態度が見え隠れしている。
まぁ、子どもがどうやってできるのか、なんて質問に比べたらマシだなと思い、箸を揃えて置き、姿勢を正す。
「パパはな、ママの笑顔が大好きなんだ」
「へぇ。それじゃあママはパパのどこが好きになったの?」
ガクリと肩が落ちる。それなりに緊張をもって答えたのだが、娘の反応は想像よりも淡白なものだった。まぁ、妻の口角がピクピクと震えているのが視界の端に映ったから、それで満足するとしよう。
妻は何と答えるのだろうか。普段なら誤魔化すような気もするが、無難に優しいところ、とかでお茶を濁すのかもしれない。箸を持つのも忘れて、いつの間にか娘と一緒になってその横顔を見詰めていた。
「パパの好きな所はたくさんあるけれどね、好きになったきっかけは『いただきます』を言っていたところよ」
いただきます。ふむ。さっきも言ったが、惚れ直してくれただろうか。
そんな冗談が思い浮かんだが、うぅむ、イマイチ意味が分からない。行儀が良いとか、育ちが良さそうとか、そういうことだろうか。
「いただきますを言ってたから好きになったの? 変なの」
そうだそうだ。娘よ、もっと言ってやれ。パパも気になるぞ。
「まぁ、きっかけだからね。それから、美味しそうにご飯を食べるところとか、髪を切ったらすぐに気付いてくれるところとか、段々と好きになっていったのよ」
何と無しに顔が熱くなる。娘はその回答に満足したのか、「ふぅん」と返事はそっけないが、ニマニマとした笑みを浮かべている。
「ごちそうさまでした」
食事を終えた挨拶か、それとも惚気に腹が膨れたのか。娘はニマニマとした笑みを浮かべたまま皿を片付けると、部屋へ戻っていった。
まったく、ませたお年頃だ。水をお代わりしたあと、最後の一個になったカキフライを口に放ると、皿は空になった。
「ごちそうさまでした」
食べ終わったあとの挨拶を、いつもより少しだけはっきりと言ってみると、妻がクスリと笑った。
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