選ばれた子ども

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 昔、母に「どうしてわたしはお母さんの子どもなの?」と訊いたことがある。幼稚園くらいのときのことだ。たぶん何となく訊いてみただけで、特に意味はなかったのだろう。  母は、洗濯物をたたむ手を止めて言った。 「笑顔のすてきな子が欲しいなと思って選んだら、それがれいちゃんだったの」 「そうなの?」 「そうなの」  断言し、母はTシャツの裾を折り返した。  母がわたしを選んだ理由は、その後何度か更新された。 「笑顔のすてきな子だから選んだって言ったけど、違ったみたい。だって笑ってなくてもかわいいもの。れいちゃんが優しい子だから選んだんだね」 「本当は、れいちゃんが賢い子だから選んだの。ほら、こんなによくできてる」  前と言ってることが違うな、とは思ったものの、決してそれは不快なことではなかった。母の上書きには、必ずプラスの理由がついてくる。何か上手くできないことがあって、だからあの理由は違った、などと言われたことは一度もなかったのだ。  更新回数が片手で収まらなくなる頃には、わたしが「選ばれて」母の子になったわけではないことは理解していた。それでも自分が両親に望まれて生まれてきたことは疑いようがなく。わたしは相変わらず、多種多様な「母がわたしを選んだ理由」を、少しだけ気恥ずかしい気持ちで聞き続けていた。  ある夜、一緒にお茶を飲んでいたとき、母がぽつりとわたしに言った。 「あのね、ずっと、れいちゃんをうちの子にした理由の話をしてきたんだけど」 「うん」 「実は、あれ全部違うんだよね」 「それは……」  それは、そうだろう。しかし、知っていたと正直に言ってよいものか分からず、わたしは一瞬口ごもった。 「言ってなかったんだけど、れいちゃんは、本当はうちの三番目の子どもなのね」 「え?」 「その前にふたり、産まれてくる前に亡くなっちゃった子がいたんだ」 「そうなんだ……」  初めて聞く話に、わたしの顔が強張ってしまったせいだろう。やわらげるように、にこりと母が笑った。 「れいちゃんの前にいた子たちのことも、今でもわたしの子どもだと思ってるし、忘れたことなんてない。でもできれば、見て、触れて、声を聴いてみたかった」 「……」 「だから次の子は、生きて産まれてこれる子を、と思って。それで、れいちゃんを選んだんだよ」  もしかしたら、本当に母は選んだのかもしれない。丈夫で健康な子を。事実、わたしはこれまで大きな怪我も病気もしたことがなく、風邪さえほとんど引かない。 「あと、れいちゃんの名前は礼儀の礼だよって伝えてきたんだけど、どちらかというと、お礼の礼で。もうとにかく生まれてきてくれてありがとう、って気持ちでつけたんだよね」 「そうなの?」 「そうなの」  知らなかった。いろいろと、知らなかった。  だからね、と母はわたしのカップに紅茶のお代わりを注いだ。 「無事生まれてきてくれた段階で、れいちゃんはうちの理想の子どもで、これからもそれは変わらないよ」  ありがとう、とわたしが言うと。こちらこそどうもありがとう、と返された。  明日、わたしはこの家を出ていく。しかし、これまでもこれからも。生きている、ただそれだけで。わたしは、選ばれた子どもでいることができるのだ。 end.
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