あなたを選んだ理由

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 どうして私を選んだのか、その問いにあなたはにこやかに答える。それが何ら間違いなく正解であることを信じて疑わない。確かに私も、私という選択が、あなたにとって正解であるということはとても理解している。理解せざるを得ない。そのうえでやはり、どうして私なのだろうかと、言語化せずにはいられなかった。  本当は私じゃなくても良かったのではないかと、そんなことを思いながら産まれてからずっと過ごしたこの場所を歩いた。そうして改めて、この人でもいいのではないか?その人でもいいのではないか?そんなことを思うのだ。そんなことを思ってはしまうけれど、同時に、この人が選ばれたらどうなるのか、その人が選ばれたらどうなるのか、選ばれた先の顛末を知ってしまったからこそ、私は他の誰も選択できなかった。  これは悪魔のような権利を与えられたなと思った。あなたは一生に一度だけと強く念押しして、何度も強く念押ししてから、“私の代わりに選ばれるものを選ぶ権利”を与えた。要は自分の身代わりを選ぶ権利ってことでしょう。そんなの、選ぶことなんてできない。それとも、そこまで計算してのことなのだろうか。この権利は私の意思を尊重するかのように、私を追い詰める。  そう、私は誰も選べなかった。だから手術台の上に乗せられて、私から意識を奪う麻酔が投与されるのをただ大人しく待っている。目が覚めることのない、麻酔を投与されて、私は終わりなのだ。  確かにそこに座るあなたは、誰よりも鏡のように私と瓜二つで、背の高さも体重も同じだったし。体格も変わらない。そうだね、だから私なのかと。  それと同時に、もう一人同じ条件に当てはまるであろうあの子を思い出す。私と瓜二つなあの子は、あなたとも瓜二つだった。私が与えられた権利で選ぶならあの子だったろう。でも選べなかった。選んだらどうなるかわかっていたから。  “本体”のスペアとしてつくられた私たちは、正しい使われ方をしている。抵抗しても望みなんてない。スペアなのだから、人としては生きられない。  あの子はやっぱり誰も選べなかった。だから私はあなたを選んだ。与えられた権利は使わなければ損だ。人としては生きられなくとも、私はまた死なずに生きている。私は犠牲の上でも、生に執着する。  そんな私を見ながらあなたは笑った。その生への執着っぷり、やっぱり誰よりも私に似ていると。そこでふと思い出した、“私の代わりに選ばれるものを選ぶ権利”は一生に一度きりだと強く、何度でも強く念押しされたことを。  次に選ばれたらどうなるか、気がついてしまった。私はいつくるのかも知れないそのときに、逃れようのない恐怖と共に生きることを選択してしまったのだ。
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