ターニングポイント

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 亜美はカフェで注文した抹茶ラテとベーグルを運ぶ手が震えていた。受け取りカウンターから座席までのわずかな距離が、自分の運命を変える岐路になろうとしているからだ。  イトに言われたことはまだ半信半疑で、これから先をどうしていくかの選択の余地は亜美の手中にあった。  だがその迷いの中、亜美の視界に1人の若い女性が入った。  その瞬間、亜美の心ははじけた。亜美は間違いなく、自分の意思で抹茶ラテとベーグルを重力から解き放ったのだ。  なんという運命のいたずらだろうか。足元の滑りやすさも重なってラテとベーグルは天高く舞った。  女性は頭からベージュに染まった。続けてベーグルの具も無事着地。おまけにグランデサイズのコーヒーカップは、パーティーの時にかぶる帽子へと早変わりした。  亜美は声も出ず、涙だけが滲んできた。 「あ、あ、あの……」  ラテとベーグルまみれの女性は、絶対零度の視線で亜美をにらみつけた。  終わった――。 (お父さんお母さんごめんなさい。私今日死にます。やっぱり占いなんて頼らなきゃよかった……)  亜美は全てに後悔し絶望した。だが運命の賽は、意外な方へと転がり始める。 「どうされました?」  若い男性が2人に声をかけてきた。どこか聞き覚えのある声に亜美は我に返った。 「村井さんじゃないですか!」  たった一声で亜美を現実に戻したのは、憧れの人、倉科健治その人だった。  絶望的な状況で颯爽と現れた想い人に、亜美の視線と気持ちは完全に虜となる。  健治はすぐに状況を把握、「すみません」と軽やかに手をあげて店員を呼んだ。  やって来た男性店員は「こちらを」と言って、ラテをかぶった女性にタオルを差し出し、頭のベーグルやカップも手際よく取り去った。 「申し訳ございません。すぐに対応致しますので一度こちらへ来て頂けますか? そちらのお客様もすぐに代わりをお持ちしますのでお待ちください」  女性はハトが豆鉄砲を食らったような顔をしたまま、男性店員に連れていかれた。  思いがけない展開に亜美が面食らっていると、すぐに別の店員が亜美の手に抹茶ラテとベーグルを乗せ、風のように去っていった。 「大丈夫でしたか?」  健治が亜美を気遣う。 「は、はい……。たぶん……」 「良かった。これから食事ですか? あ、良かったら一緒にどうです? 一度座った方がいいと思いますし」 「そうですね……。びっくり、です……」 「ですよね。でも店員さんの対応もスピーディーで助かりました」 「倉科さんは普段もよくこの店に?」 「え、ええ。まあ、たまに……」 「そうなんですか。良かった……」 「え?」 「あ、いえ、なんでも。じゃ、じゃあ行きましょうか」
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