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あの声だ
既に耳に馴染みすぎた歌声が遠くで聞こえる。歌詞が聞き取れないのは多分言葉が僕とは違うから。
硬くてそれでいて優しい声。多分声の主は大人じゃない女性だと思う。思う、としか言えないのは僕が大人の女性しか見たことがないから。
うっかりすると聞き落してしまいそうなくらい細くて澄んだ歌声が僕の全身に染みてくる。
自分の手が見えないくらい真っ暗な世界で、自分の存在すらも疑いたくなるようなこの暗闇で唯一の手がかり。
僕の視界には暗黒しかないはずなのににそれは糸のようにうねっている。僕は必死で手を伸ばす。指を絡ませて手繰り寄せようと試みる。
だけどそれは捕まえられるはずもなく。掴むのはぬるい空気だけ。
僕がもがきあがいているうちに次第にその声はますます細く遠くなる。
そして暗闇もまた少しずつ薄れていく。
待って。
待って。
まだ消えないで。
もう少しだけ一緒にいてよ。会えなくてもいい、見えなくてもいい。もう少しだけもう少しだけ。
必死で手を突き出して声を上げる。
「待って」
跳ねるように起き上がった拍子に砂が口の中に入り込み噎せこんだ。
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